春夢の狭間で

10話



「組長!?斎木君も!どうしたの!?」
 扉を開けると緊張感のない声が出迎えた。
 松本医院第三病棟。通称・隔離病棟の一室で入るなり彰二が嬉しそうな顔をした。
「お見舞いですよ。ねえ、一真君」
「おう、今日はちょっと時間あるからさ。どーしてるかって思ってさ。ほらよ、見舞い」
「わ、ありがと!」
 よほど暇だったのか、売店で買ってきた今日発売の週刊マンデーに彰二は目を輝かせた。この病棟は完全個室で部屋の入り口も霊気でロックされている。面会時間が厳しく決められている上に霊気が不安定だと家族でも入れてもらえないという徹底ぶりだ。人と話すのが好きな彰二にはかなり辛いだろう。
「西組の鎮守役二人にお見舞いに来てもらえるなんて、僕ってツイてるなあ。待ってね、そこの椅子出すからっ」
「あ〜〜、いいって。勝手に座るからさ。怪我人は寝てろって」
 壁際からパイプ椅子を引っ張ってきて二人分並べる。鎮守隊員の病室は大抵、椅子が何脚か用意されている。
「え〜〜、もう治ってるよ〜〜」
 少し唇を尖らせた彰二は確かに元気そうに見えるが、額だけでなく両手にも包帯が巻かれている。恐らくパジャマの下も全身に巻かれているのだろう。あの包帯は霊符を組み込んだ特別製だ。怪我の治癒だけでなく、鬼化を抑える力も持っている。
「その様子だと怪我の治りは順調みたいですね」
「はい、組長。もうどこも痛くないし、トレーニングもできるんですよ。すぐに退院して巡察に出られるって思うんですけど……」
「頼もしいなあ。でも、今は治療に集中してください。鬼化は完治させないと再発を繰り返すんですから」
「……組長がそう言うなら……」
 渋々といった様子で彰二は頷いた。

 ――かなり良くねェな……

 チラリと望を窺うと、小さく頷いた。
 怪我が完治しているのに包帯をあれだけ巻いているということは、まだ鬼化の危険が残っているということだ。本人は明るいし、表面上は何の問題もないようだが、霊気は不安定でこうして話している間にも大きく上下している。

「ごめんね、斎木君……」
「ンだよ、いきなり……」
「覚えてないけど……、僕、鬼化して斎木君に襲いかかったんでしょ……?」
「あ〜〜、ンなことあったっけな」
 完全に忘れていた。あれからまだ一週間ほどだが、もう何年も前のことのように遠い。
「そ、その……、怪我とか……、しなかった?あ、あと……、巻き込まれた人……とかは……」
「すぐに結界張ったから誰も巻き込んでねェよ。オレもどこも怪我してねェし。近堂のオッサンが派手に吹っ飛ばされてたけど、かすり傷一つなかったみてーだし。鬼化の被害者はゼロってとこだな」
「え、もしかして近堂主座!?近堂主座が鎮めてくれたって若先生が言ってたけど……。よく考えたら、僕、近堂主座にも襲いかかったってことだよね……!」
「あ〜〜、それはそうなんだけどよ。あれはオッサンも悪いっていうか……。ま、気にすんな。不幸な事故ってことにしとこうぜ」
「余計に気になるよ……!補佐が鬼化して他の組の主座襲うって最悪じゃん……!」
「大丈夫ですよ」
 動揺しまくっている彰二を見かねたのか、望が助け舟を出した。
「鎮守役が邪との戦いで負傷したとしても、それは自分の油断です。鬼化している間のことを気に病むことはありませんよ。それでも沖野君の気が済まないなら、退院したら南組に行って元気な姿を見せてあげてください。近堂主座も喜びますよ」
「そ、そうですよね……!早く退院してお礼言いに行かなくちゃ……!」
 何やら決意を固め、彰二は頷いた。一緒に行動していると望の生活破綻者な面ばかりが気になるが、補佐にとっては望の言動は絶大な影響力があるらしい。
「ところで、沖野君」
 望は少し心配げな表情をした。
「確認しておきたいんだけど……。鬼化の原因に心当たりはありますか?」
「原因ですか??」
「妖気が関係してるのはわかっていますけど、それだけが原因って断定もできませんから。例えば、何か悩んでることとか……」
 彰二は少し考え、すぐに笑った。
「そんなのないです」
「本当?巡察がキツいとかはないですか?うちは他の組に比べると補佐の皆にもムリさせちゃってるから、体力的に厳しいことも多いでしょう?」
「えっと……」
 彰二は少し困ったように視線を彷徨わせた。

 ――アンタの不休不眠見てたら、しんどくても言えねェって……

 突っ込みたいのを堪え、咳払いをした。
「あ〜〜、沖野、鎮守役はカウントしなくていいからさ。補佐のローテーション、キツくねェか?もっと休みたいとか、観たいドラマの日は休みたいとか、そーいうのあったら言ってくれよ。今後の参考ってやつにするからさ」
「キツいっていうか、ギリギリのスケジュールなのは入隊する前に聞いてたから、あんまり気にしてないよ。ドラマやアニメは録画してるし、予約忘れても隊の誰かが録ってるから持ってきてくれるし……。組長と斎木君に比べたら非番もちゃんとあるし、一日中ってわけじゃないから隠人の体力ならそんなに大変でもないけど……。その、何かあったの?」
「え……」
「さっきから、なんか変だよ?忙しいのに、二人でお見舞いに来てくれるなんて……。もしかして、補佐の鬼化が流行ってるの?」
「それはだな……」
 すかさず望が口を開いた。
「いい機会だから、定期面談しようかなって思ったんですよ。本当は他の組みたいに三ヵ月に一回くらいやりたいんだけど……」
「あ、そういえば、面談してもらったのって、入隊してすぐの一回だけかも……。あれって、鎮守役が補佐の聞き取りしなきゃいけないから、補佐頭じゃ代理できないって昼頭が言ってましたけど……。斎木君なら見習い卒業したら面談できるんじゃ……」
「ええ。規定で鎮守役しかできませんからね。昇格したら、高校生の皆の担当は一真君にお願いしようかなって思ってるんですよ。そうしたら、うちでも半年に一回くらいは面談できるかもしれません」

 ――マジか……

 思わず望を凝視した。
 定期面談なんぞ初耳だ。鎮守役といっても、西組で一番の新人がベテラン達相手に何を面談するのだろう?

「だからね、今日は一真君の面談研修も兼ねてるんですよ。沖野君、一真君と仲良いから、同席してもらっても抵抗少ないかなあって。西組の鎮守役の実習に協力してもらえますか?」
「なあんだ〜〜。そういうことなら任せてください!斎木君の友達として協力しちゃいますよ!こんな大変な時に組長と斎木君が来てくれるなんて、僕、何か危ないのかなあって、ちょっと警戒しちゃったや」

 ――微妙に鋭いじゃねェか、沖野……

 少し感心した。
 補佐頭ならともかく、補佐の病室に鎮守役が揃って顔を出したりしたら、不審に思われても仕方ないのかもしれないが。

「そんなわけで、何か要望や心配事があったら、遠慮なく教えてください」
「わかりました。だけど、本当に悩みなんてないんです」
「そうなの?」
「だって、入隊してから凄く楽しいんです。体が軽いし、霊符だって使えるし、仲間もできたし……、なんだか、毎日が夢みたいで、こんなに楽しくていいのかな……って……」
 不意に言葉が途切れた。
(なんだ……!?)
 身構えたのは同時だった。
「あ……れ……?ぼく……?」
 霊気が波のように大きく揺れ、目が虚空を見つめた。
「ぼく……、こんなことしてて……いいの、かな……」
 彰二は自らの両手を眺め、ぼんやりと呟いた。
「おやかたさまを……、さがさなきゃ……」
「お、おい、沖野……!?」
 望が無言で制し、彰二の両肩に手を置いた。破邪を孕んだ霊気が急激に高まっていく。
「沖野君!」
 ビクリと彰二の体が大きく震えた。
 声を荒げたわけでもなく、とりわけ大声だったわけでもない。だが、強い霊気が込められていた。
 ゆっくりと望を見上げた彰二の目に意思が戻っていく。
「組長……?え、あれ……、どうしたんですか??」
 彰二はこちらを見、不安そうな顔をした。
「斎木君……、どうしたの?なんか、怖い顔してるよ……?」
「……なんでもねェ……、気にすんな……」
「ど、どうして目を逸らすの!?怖いよ、斎木君……!」

 ――さっきまでのお前のほうが怖ェよ……

 そう言ってやりたいが、ここは望に任せたほうがいいだろう。

「少し、ウトウトしていただけですよ。まだ霊体の消耗が回復していないようですね。急に目を開けて寝ちゃうから、一真君、ビックリしちゃったんでしょう」

 ――確かに、沖野の本体は寝てたみてーなもんだけどさ……

 正確には霊体が無理に表に出て、彰二の意識が閉ざされかけていた。「寝ていた」というよりは、霊体に呑まれかけていたと言ったほうが近い。

「え、目を開けて!?白目剥いてたんですか!?」
「いえ、そこまでは。鬼化は霊体に大きな負担をかけますから。もう暫く療養が必要でしょう。ゆっくり休んでください」
「……はい……」
 望は穏やかに頷き、振り向いた。
「そろそろ戻りましょうか、一真君。ちょうど時間のようですし」
「そーだな」
 気づけば面会予定の三十分が経っている。頃合いだろう。
「もう三十分過ぎちゃったんだ……。面会時間三十分って、短いよね……」
 壁の時計を眺め、彰二はしゅんとした。
 隔離病棟の面会時間は三十分だ。面会者が邪気を持ち込んだ場合、霊体に入り込んで鬼化を引き起こすまでに一時間ほどかかる。三十分ほどで切り上げ、看護師が霊体をチェックすることで再鬼化を防ぐのだという。
「もうちょい落ち着くまでの我慢だって。それまで巡察は任せとけよ」
「もうすぐ夜番が始まる時間だね……。僕も参加したいなあ……」
「何言ってんだよ。治すのが先だろーが……」
「うう……、そうなんだけど……」
「退院したら休みなしなんだし、今のうちに寝とけって。今度は食いもん持ってきてやるよ」
 彰二は急に目を輝かせた。
「ホント!?じゃあ、甘いの持ってきて!できるだけいっぱい!」
「いっぱいって……、ここの病院って、デザート出るんじゃねェの?」
 霊体のダメージで入院した隠人には普通の食事が出る。
 前に優音の見舞いに来た時に見た夕食は学食の定食をレベルアップさせたような美味しそうな献立で、一真が持つ「病院食」のイメージからは程遠いものだった。「毎日出るからあげるよ」と少しうんざりした様子の優音からパッケージ入りの林檎ゼリーをもらったが、コンビニスイーツといい勝負の味だったし、食べ物の不満は少ないと思うのだが。
「出るけど、ゼリーばっかりで切ないんだ……。この病棟にいる間は売店にも行けないし……!キツすぎだよ〜〜!」
「あのゼリーだけか……。辛いな……」
 優音は売店に行けるので自分の好きなものを調達していたが、それができないとなると相当きつい。一真なら暴れているだろう。
「わかった。なんか持ってきてやるよ。がっつりしたヤツな」
「斎木君……!」
 彰二は涙ぐんで一真の左腕に縋りついた。
「待ってるからね!?できるだけ早く来て……!チョコレートケーキがいいけど、プリンでもいいよ……!冷蔵庫あるから、余っても大丈夫だからね……!」
「しっかりリクエストしてんじゃねェ……。つーか、どんだけ飢えてんだ……」
 呆れながらも、彰二らしい言動に少し胸を撫で下ろした。





 机に頬杖をつき、玲香は息を吐いた。
 屋敷の三階に設けられた私室は中学生の部屋というには随分と広く、家具も海外から取り寄せた一流品ばかり。どこかの高級ホテルの一室と紹介しても違和感がないだろう。
「こっちでも妖獣か……。京都を思い出すわね……」
 少し笑い、写真立てを手に取った。
 玲香が在籍しているのは京都にある槻宮学園の本校で、東京校には一時的な転入という形を取っている。表向きは京都校と東京校の学内交換留学だが、本当の理由は東京校で一時的に空席になる室長代理の席を埋める為だ。グループ内で霊格が高く自由に動ける者が玲香しかいなかったからなのだが、それももうすぐ終わる。霊格の高い従兄弟が海外留学から戻ってくれば晴れてお役御免だ。引継ぎが終われば京都に戻ることになっている。だからなのか、この部屋は借りているだけという意識が強くて愛着もそれほどなく、用意された時のまま私物もあまり買い足さずにいる。
「若様……、貴方のご命令、必ず私が……」
 ポツリと呟き、目を閉じた。
 槻宮グループも室長代理も正直、どうでもいい。
 あの御方が玲香だけに伝えた指令さえ果たすことができれば、それだけで――。





 紋様が入った窓ガラスの向こうの空は僅かな赤を残して刻一刻と暮れていく。

 ――あの時も、これくらいの時間だっけな……

 廊下を歩きながら、前にこの病棟に来た時は入り口止まりだったことを思い出す。廊下は点灯していて他の病棟と変わらず明るいが、シンと静まり返っていて、足音がやけに響く。

「どう思います?」
 望が切り出したのは、第三病棟を出て隠人棟に戻って暫くしてからだった。
「……ヤバいんだろなって……」
 優音が「相談」と称して切り出したのは、彰二のことだった。
 立場上、優音は補佐の入院状況を把握していて病室まで様子を見に行っているらしい。自分も入院中だということを忘れているような気もしないではないが、妖気でやられた補佐にとっては昼頭直々の激励はかなり有難いと復帰してきた本人達から聞いている。
 ただし、優音は第三病棟には入れない。鬼化を引き起こした者は退院後一年以上経ってから、それも鎮守役の付き添いという形でなければ、あの病棟には行けないのだ。

『妖気のせいだと思うんだけどね……。少し、長い気がするんだ』

 優音は不安げな顔をした。

『普通、鬼化が落ち着いたら霊体も安定してくるだろ?三日ほどで家族との面会許可が出るはずなんだけど……』

 彰二は一週間ほど経つのに、面会謝絶状態なのだという。優音からの相談となれば協力しないわけにいかず、鎮守役二人で様子を見に行こうということになったのだが……。
「『お館様』かあ……。一真君から聞いてたけど、沖野君の口から聞くと……、正直、怖かったな……」
 足元に視線を落とし、望は呟いた。
 鏡から戻ってきて一ヶ月が経って……、妖気の影響、破片の回収と問題は山積みだ。なのに、どこかで雄緋と切り離して考えていた気がする。一真も望も雄緋が倒れたところを見ていないというのに。
「……終わってねェどころか、これからなんだよな……」
 彰二の言葉は、全ての元凶が雄緋だということを嫌でも思い出させた。雄緋はまだ健在で、この妖気は現在もアイツから放たれているのだ。
「沖野がおかしくなってた時の霊気……。なんか色が濁ってたっていうか……。あれ、妖気のせいなんだよな……」
「……たぶん。ただ、妖気の後遺症の可能性も……、あります」
「後遺症?」
「妖気の刺激で霊体の奥の意識が表面に浮かび上がる……。蝕に近い現象ですよ。さっきの沖野君を見てる限り、霊格は上下していませんでしたから一時的なものだと思いたいですけど。こればかりは、この妖変が落ち着いて雄緋からの妖気が完全に途切れないと、なんとも……」
「ったく。鬱陶しいオッサンだよな……。『お館様』、『お館様』って……、テメーは戦国時代の雑兵かって」
 望は少し笑みを浮かべた。
「普通の雑兵はあそこまで忠誠心ありませんよ。あそこまで忠誠心が厚いのは……、代々の家臣とかでしょうね。紡さん達もそれらしいことを言ってましたし」
「家臣だろーと迷惑だって……。いっそお館様って奴にチクってしばき倒してもらいてェけどさ……。テメーの家臣、血迷ってんぞ、何とかしろって」
「いいなあ、それ。封印とかより、よっぽど効きそう」
 ひとしきり笑い、望は窓の外を眺めた。
「ねえ、一真君。昨日、会議室で玲香さんが言ったこと、覚えてる?」
「遊影のことか?」
「いいえ」
 望は軽く周りを窺った。これから話すことを他人に聞かれたくないのだろう。
 第三病棟との連絡通路の付近は病室も診察室もなく、結界を強化する為の陣を敷くスペースになっている。見舞いに来る人も少なければ看護師もあまり通らない。第三病棟には専任の看護師が詰めていて頻繁に出入りする必要もないので、この通路はいつもひっそりしている。今も夕飯前の忙しい時間帯なのに、誰も通りかからない。
「お迎えのことですよ。一真君の前世を知ってる人が来るかもって……」
「ああ、あれな……。前世ったって、異常覚醒起きてる間のこと覚えてねェんだし、どこで何してたかなんて知らねェし……。知らねェ奴がオレの前世を知ってるとか言って迎えに来ても、どーすればいいんだよって感じだよな……」
「一真君らしいなあ」
 琥珀の瞳がこちらを見つめた。
「もしも、もしもね……。本当にお迎えが来たら……、どうします?」
「蝕になっちまったらってことか?」
「そうだなあ……。今のまま、まだ蝕を迎えていない時に……。そんな人が来たら、一真君はその人についていきますか?」
「無理だろ。巡察あるじゃん」
 即答すると望は噴き出した。
「とりあえず、学校と鎮守隊のことは置いておいて。一真君の都合だけで決められるなら、どうします?」
「そーだな……、鎮守隊も学校も考えねェでいいんなら……」
 少し考えた。その状況がまるで想像できないのに、どういうわけか心は決まっていた。
「そいつ次第だな」
「迎えに来た人次第ってこと?」
「そいつの態度が気に入ったら話聞くし、ムカついたら殴り倒してでも帰らせる。オレの前世が何だったか知らねェけど、納得できねェ理由で今の生活放り出して山だか里だかに行けるわけねェし。それにさ、迎えに来るヤツがホントにダチだったかなんて、わからねェじゃん。なんも覚えてねェんだし。じゃあ、そいつ見て判断するしかねェかなって」
「さすが一真君だなあ。迎えに来た人、ビックリしそうですね」
 望は声を上げて笑った。
「ンだよ、先輩だって、そーだろ?」
「え、僕?」
「前世の仲間とかいう奴が来たって、ンな簡単に……、そいつを信じて『今』を捨てられんのかよ……」
 ズキリと心の奥が痛んだ。
 当たり前のことを言っているのに、自分の言葉が重苦しく自分自身に跳ね返ってくる。
「そうですね……」
 静かな呟きが心に突き刺さった。恐ろしい知らせを聞くように、望の次の言葉を待った。
「だけど、迎えに来てくれたっていうことは、その人は、僕を必要としてくれてるってことでしょ?だったら、できるだけ応えたいな……。僕の力を本当に必要だって言ってくれるなら、ちょっとくらい無理してでも……。でもね……、」
 望は自分の左手の甲を眺めた。
「どうしてかな……。自分が本当は天狗かもって、霊山が迎えに来るかもって……、ずっと、どこかで期待してるのに……。どこかで、まだ先だったらいいなって思っちゃったりもするんですよ……。僕は今の僕のままで、やらなくちゃいけないことがあるような気がして……。だから、すぐには行けないな……」
「……そっか……」
 胸の内で碧が揺れ、右手の甲が小さく疼いた。