春夢の狭間で

3話



 ホームルーム終了のチャイムが鳴り、光咲は席を立った。
 いつもならば掃除があるが、暫くの間は学園側が業者を手配するので帰宅部はすぐに帰るように指示が出ている。夜間に校舎の配管工事をするので業者が夕方から出入りする為だとかで、部活動も下校時間厳守の指示が出ていて、大会が近い部は朝練に力を入れているらしい。

 ――きっと妖気が関係してるんだろな……

 ポケットの中の小さな布袋を握ると、コロンとした感触から淡い水の気が伝わった。
 今回の妖獣の件は既に現衆に警戒情報が出回っていて、妖気対策にと水の気が込められた水晶玉が一人一つずつ配られた。ビー玉のようなそれを身につけてからというもの、睡魔は随分と軽くなった。それでも本調子ではなく風邪を引いているようなダルさが付きまとう。
 窓の外を見ると、うっすらとドーム状の膜がかかったグラウンドを陸上部が走り回っている。浄化の陣の一種で、松本医院にも同じものが張られている。槻宮学園で張られているのを目にするのは今回が初めてだが。

(何が起きているの……?)

 ちょうど体調を崩す隠人が続出した頃から裏山が立ち入り禁止になった。
 絶滅危惧種の小鳥が見つかったとかで大学の生物学の教授達が大規模な調査をするから、というのが表向きの理由だ。だが、きっと真相は違う。裏山から霊圧を感じるし、隠人とは思えないほど強い霊気を持つ人が裏山に入っていくのを何度も見かけた。現衆では妖獣の件が現在、どういう状況なのかまではわからない。

 ――一真君なら知ってるんだろな……

 チラリと視線を移す。
 窓際の一番後ろの席では昼寝から目覚めた一真がクラスメートの白河睦月と何やら話し込んでいる。
 睦月はスラッと背の高い少女で、肩くらいの髪を赤いピンで留めている。整った顔つきで近寄りがたい雰囲気だが、話し始めると明るくて冗談を言ったりもする。クラスでは目立つ存在だ。そんな彼女と二人で教室の隅の席で声を潜めて話し込んでいれば、誰か茶化しそうなものだが、クラスメート達は一真達が見えていないかのように足早に教室を去っていく。
 この一年一組は全員が隠人で一般人よりも霊格が高い者が集まっている。そのためか、彼らが自分達と比べ物にならない霊格の持ち主だということも感じ取ってしまう。本人達は学校では抑えているようだが、ああやって隊員同士になると抑えが甘くなるのだろう。漏れ出した霊気が彼らの周りで見えない壁のようなものを造り出し、誰も近寄れない。
 入学して二ヶ月ほど。一真が鎮守隊員であるだけでなく中心的な立場なのだろうということはクラスの誰もが気づき始めているし、睦月や彰二が鎮守隊員だということは皆が認識している。彼らが一真の席に集まって真剣な顔で話し始めれば、遠ざかって声もかけないのがいつの間にか暗黙のルールのようになった。今のように。

 ――どんどん遠くに行っちゃうね……

 昨日の朝、前と同じ夜食を作ってほしいと頼まれたのが、もうずっと昔のことのように感じる。今朝お礼を言ってもらえて嬉しかったけれど、あれは一真として言ってくれたのか、鎮守役として隊を代表しての言葉だったのか――、そんなことさえわからなくなってしまった自分がいる。
 妖獣と戦って鏡から帰ってきたあたりから、一真は少し変わった。「どこが?」と聞かれてもはっきりと答えられるわけではないが、何かが違う。少なくとも、それまでのように気軽に声をかけづらくなったし、たまに黙り込んで虚空を眺めている。そんな時は決まって、彼を包む霊気が鋭くて怖いくらいだ。
 今日だって昼休みが始まるなり足早にどこかへ行き、チャイムが鳴って少ししてから小走りで戻ってきた。霊気が鋭くなっていたから、きっと鎮守隊絡みの用事だったのだろう。先生もわかっているから何も言わないし、クラスメート達も気づいていないように振舞っていた。睦月だけが何かを察しているように一真を窺い、一真も軽く頷いていた。

 ――いいな……

 鎮守隊員として同じモノを共有している睦月が羨ましくなって、二人から目を逸らした。鎮守隊が危険で大変な仕事だということくらいわかっている。だけど――。
 袋を握り締めてポケットから手を出した。手の平の紋はこの二ヶ月ではっきりと浮かんだ。光咲もまた紋付の隠人の仲間入りをしたという証だ。
(もう少し……、もう少しでいいから……)
 紋が滲んだ。

 ――私に力があったら……

 隠人は霊紋が開けば飛躍的に霊格が上昇する。補佐になる為には丙以上の霊格でなくてはならず、覚醒時の霊格がどこまで上昇するかが入隊の可否をほぼ決定してしまう。
 覚醒を迎えた若菜は丁にまで上昇した。霊気さえ安定すれば、補佐どころか鎮守役だって目指すことができる格だ。それに比べ、光咲は乙止まり――、一般人よりは高いが、隠人の中では最下位に近く、自分の身を守るだけで精一杯だ。
 若菜は次々に課題をクリアして、もう上級者の講習に参加している。「あと少し霊気が安定したら、入隊試験受けられるんだって!そうしたら組長のお手伝いができるんだよ、姉ちゃん!」そう言って目をキラキラさせていたのは、昨日、一真に頼まれた夜食を一緒に作っていた時だっただろうか。
 そんな妹の姿でさえ羨ましく思えて素直に応援できない自分がいる。それが辛くて惨めだった。

 ――どうして私だけ、こんなに霊格が低いんだろう……?

 父は鎮守役で、母は隠人専門の看護師だ。父の霊格が高いのは言うまでもないが、母もまた補佐と同等の霊格だ。それもそのはずで、隠人専門の看護師になるには通常の看護師免許だけでなく、霊符や治術といった現衆の試験にも合格しなければならず、霊符や術は補佐レベルの霊格でなければ扱えない。若菜も霊格が高いことを考えれば、光咲の霊格は家族の中では例外的に低いということになる。
 霊格は修業で少しは上げられるというが、その修業には補佐ほどの霊格が必要だ。つまり、光咲は修業に入る資格すらないのだ。
 鞄を手に逃げるように入り口に向かった。
「あ、待ってくれ、光咲」
 背中からかかった声に弾かれたように振り向いた。
 一真が顔を上げてこちらを見ていた。
「な、なに?」
 普通の声が出たことに少しホッとする。
「今日って講習だよな?」
「う、ううん、今日はお休み」
「マジ!?この後って空いてるか?」
「空いてるけど……」
 反射的に答えてしまってから慌てて頭の中でスケジュール帳を開く。講習は妖変が落ち着くまでは週二回に減っているから今日はなし。詩織に料理を教える約束もしていないし、友達との約束もない。
「悪いけどさ、ちょっと手伝ってくれねェか?」
「え?」
 何を言われたのかわからずに戸惑う。一真が「手伝ってほしい」というからには鎮守隊の仕事のはずだ。いくら幼馴染で講習を受けているといっても、そう簡単に光咲が関わっていいはずがない。
「え、えっと……、今日も夜食いるの?」
「あ〜〜、そっちじゃなくて、もうちょい面倒っていうか……」
 一真は少し言いづらそうに頬を掻いた。
「資料探しっつーか……、人数いたほうがいいんだけどさ。他に頼めるヤツいなくてさ……」
「え、でも……」
 睦月を見ると「私は巡察があるから……」と笑った。
「そーいうわけでさ、頼んでいいか?」
「いいけど……。私……隊員じゃないよ……?」
 言ってしまってから激しく後悔した。せっかく頼ってくれたのに。久しぶりに一緒にいられるかもしれないのに。これで一真が考え直して、「やっぱそうだよな。補佐に頼むわ」とか言い出したりしたら――、自分は大馬鹿だ。
「光咲なら問題ねェよ。先輩も推してたしさ。学園の中だから邪が襲ってくるようなこともねェだろーし……。つーか、あの面子で何かあるってことはまずねェな……」
 一真は少し考え、何かに思い当たったようだった。
「こないだの妖気のダメージが残ってんのか?それなら帰……」
「ううん!だ、大丈夫だから!」
 思ったよりも大きな声が教室に響いた。それだけでは足りずに気づけば足が教室を横切っていた。
「や、やる!やるから!どこに行けばいいの!?」
 机に手を突いて身を乗り出すと、一真が呆気にとられた顔をした。昔と同じ表情が嬉しくて、妖気の倦怠感が束の間、消えた。





 校舎を出て赤レンガの食堂の横を通り抜けると、すれ違う生徒の数がグッと少なくなった。こちらにはグラウンドや体育館もなければ学生寮とも方向が違う。用がある生徒もあまりいないだろう。
「……この先に行くの、初めてかも……」
 呟いた言葉がやけに大きく聞こえた。
「……オレもだ」
 傍らから返ってきた答えに横顔を見上げると微かな違和感が過ったが、すぐに原因に思い至った。

 ――背、高くなってる……

 松本医院へ連れて行ってもらったのは、ほんの一ヶ月前だ。あの時はこんな違和感はなかった。いや、あの時の自分は妖気で朦朧としていたから気づかなかっただけかもしれない。
「資料室ってのが槻宮の家にあるらしくてさ。この突き当りに出入り口があるらしいんだけど、わかりづらいよな」
 軽いぼやきの中に聞き流してはいけない単語が混じっていた気がして、思わず立ち止まった。
「どーしたんだ?」
「もしかして、これから理事長さんのお家に行くの……?」
「あ〜〜、一応、そうなるんだろな……」
 こともなく言い放たれた一言に緊張が走った。「散らかった倉庫で資料探し」と聞いていたから、てっきり書庫のような場所を想像していた。まさか、理事長の家に行くような大ごとだったなんて……。
(ど、どうしよう……)
 理事長と言われても、入学式で挨拶していた偉そうな人、という印象しかない。次は卒業式あたりまで関わることなんてないだろうと思っていた。鎮守隊員ならばともかく、ただの新入生の自分が行ってもいいのだろうか……。
「ンな焦らねェでも大丈夫だって。理事長が出てきたら、適当に挨拶して、後は先輩に任しときゃいいんだしさ」
「え!?」
 心臓が飛び出そうなほど驚いて一真の顔を見上げた。
「わ、私、何か言った?」
「何も言ってねェけど、霊気が急に乱れ始めたからさ……」
 こともなく言い放たれた言葉に思わず彼の顔を凝視した。
「?どうしたんだよ??」
「霊気って……、そんなこともわかっちゃうんだ……」
「へ??」
 一真はキョトンとし、少し考えるように黙った。
「ご、ごめん!ちょっと驚いただけ!一真君、鎮守役だもん。それくらい……、できちゃうよね……」
「……いや……、謝ることねェよ。言われてみりゃあ、そうだよな……」
 何かを数えるように指を折り曲げ、彼は唸った。
「霊域とか妖獣とか、いろいろありすぎて忘れてたけど、入隊してまだ二ヶ月ちょいだもんな。なんかもう何年も鎮守隊にいるような気がしてたけどさ……」

 ――ああ、一真君だ……

 ころころと表情を変える幼馴染に安心する。鎮守役になったからといって、彼は何も変わっていない。

 ――バカだな、私……

 勝手に距離を感じていた自分が少し可笑しくなった。一真は一真だ。何も変わっていない。
「ったくよ、いろんなこと起こりすぎたっての。二ヶ月前は邪のことなんて知らなかったってのにさ、今じゃ妖気やら妖獣だぜ?頭ついていかねェって」
「町に戻ってきたのが春休みっていうのも忘れてそうだね。まだ三ヵ月も経ってないよ」
「……そーいえばそーだっけか……。なんかもう思い出せねェっていうか、鏡面と戦ったのが大昔のことみてーな気がするぜ……」
「ついこの間、春休みのことだよ〜〜」
「春休みか……。ンなもんあったっけな……」
「忙しすぎだよ、一真君」
「マジでブラックだからな、鎮守隊って。手当は普通のバイトの三倍くらい出るし、夜食も出るから文句言えねェのかもだけどさ……」
「そうかなあ……」
 巡察に出る度にほぼ確実に邪霊と戦うことになるし、望のように入院沙汰の大怪我をするようなこともある。夜通し町を駆けまわって正体不明の邪と出くわすこともあって、鏡面のような恐ろしい邪物にやられれば後遺症が残ることもあるらしい。
「危ないお仕事でお休みもないんだもん。鎮守役って、誰でもなれるわけじゃないんだし。それくらいもらっちゃってもいいと思うけど……」
 光咲達に自分の仕事がバレたあたりから、父はポツポツと鎮守役の仕事について話し始めた。一番の原因は若菜が質問攻めにするからなのだが、小耳に挟む程度の光咲からみても危険極まりない仕事だとしか思えない。思わず、「そんな危ないお仕事なんて辞めて」と口に出してしまいそうになるくらいに。
「お父さんから聞いたよ?邪にやられた怪我って、普通の病院じゃ治療できないって……。そんなのと毎日戦ってるんでしょ?」
「ん〜〜、そりゃそーかもしれねェけど……。霊気と霊符使ったら、ほとんど何とかなるから、あんま考えたことねェな。今は里から霊術師が来てるんだし、なんとかなるんじゃね?」
 カラカラと一真は笑った。彼が言うと、本当にそんな気がしてくるから不思議だ。
「相変わらず、一真君は楽観的だね」
「げ〜〜。光咲もそー思うのな……。先輩にもよく呆れられるんだよな。直せとかは言われねェけどさ……」
「一真君の場合、直しちゃったらダメだもの」
「は?」
「だって、真面目に悩んじゃってる一真君なんて、怖いもん。天変地異の前触れだよ〜〜」
「お前なあ……。オレだって、たまには悩んでんだからな……」
「ホントに、たま〜〜に、だけどね」
「う……否定しねェけどさ……」
 反論しようとして諦めたらしく、一真は少し目を泳がせた。

 ――本当に久しぶりだな……

 この何気ない会話が。二人で並んで歩いていることが。近頃は彼の家に行っても仮眠を取っていることばかりで、こんな風に話もできない。
「一真殿」
 落ち着いた声に我に返った。
 女子生徒が一人、向こうから歩いてくるところだった。

 ――え……?

 得体の知れない恐怖に足が竦んだ。金縛りに遭ったように動けなくなる。
「甲矢?」
 隣で一真が目を丸くしたが、それだけだ。

 ――どうして……?

 一真は普通にしているのだろう?
 この感じは人ではない。そのあたりにいるような邪念や思念でもない。もっと大きくて強い何かをあの人から感じるのに――。
「どーしたんだよ?予定変更か?」
「変わりない。一真殿は場所をご存じないと伺ったゆえ、迎えに参っただけだ」
「アンタが??」
「退屈だったのでな。玲香殿は鍵を取りに行かれ、望殿は夜頭殿に話があるからと大学に寄ってから来られるらしい」
「てことは、やっぱ夜の巡察に食い込むかもってことだよな……」
「案じられるな。総矢を働かせておけばよいだろう。あれでも武術士だ。一晩くらいなんとかするだろう」
「そーなんだけどさ……。アンタ、自分の兄貴に厳しくないか?」
「あれは甘やかすとすぐにサボるのでな。突き放すくらいがちょうどいい。ときに一真殿。そちらは?」
 不意に向けられた視線に背筋が冷たくなった。

 ――なんだろ……、この感じ……

 睨まれているわけではない。彼女はただ、こちらを眺めているだけだ。目つきだって一真と話していた時と変わっていない。なのに、視線の中に敵意に似たものを感じる。例えるなら、相手を値踏みしているような――。
「昼に言ってた助っ人だよ。帰ろうとしてたとこ呼び止めて来てもらったんだからな。感謝しろよ?」
 視線から敵意が消えた。なのに、妙な息苦しさが残った。
「なるほど。貴女が北嶺光咲殿か。私は荒野甲矢。里の霊術師だ。以後、お見知りおき願おう」
「あ、はい……。よろしくお願いします……」
 声が震えて汗がこめかみを伝っていく。立っていることが酷く悪いことのように思えてきて思わず地面に視線を落とした。
「光咲?どうかしたのか?」
 一真の慌てたような声に応えたくても唇が動かない。

 ――どうして……!?なに、これ!?

 気分が悪くて視界が明滅するような感覚は貧血の前触れに似ている。だが、貧血ではないということだけは何故かわかる。
「お、おい!?どーしたんだよ!?」
 慌てる一真の声がグラリと遠ざかった。
「失礼する」
 白い手が視界に広がった。
「楽になされよ。非礼を許そう」
 その言葉が終わるなり体が軽くなった。体の不調が嘘のように消えていく。
「え……?あ、あれ……?」
「光咲……?」
 顔を上げると一真が覗き込んでいた。
「大丈夫……なのか……?」
「う、うん。何とも……なくなったみたい……」
 顔が冷や汗まみれになっていることに今更ながらに気づき、慌ててハンカチを取り出した。柔らかい布の感触に安堵する。
「霊格の差による畏怖だ。光咲殿は紋付の隠人だからな。霊獣の霊格を感じとり、畏れを抱かれたのだろう」
「畏れ……ですか……?」
「鎮守隊ほどの霊格ならば問題はないが、光咲殿の霊格には霊獣から放たれる霊圧は重い。無意識のうちに魂が反応されたのだろう」
「そーなのか?でもさ、売店のおばちゃんとか、他のヤツは何ともなかったよな??」
「人間や紋が開いておらぬ隠人では霊格まで測ることはできん。鋭い人間だとしても、少々変わった気配を感じる程度だろう。だが、紋付の隠人となれば霊気の格に敏感に反応してしまう。先ほどの光咲殿がまさにそれだ。光咲殿は里との縁を持つゆえ、顕著に表れたようだがな」
 呆然と少女の言葉を反芻する。
「あ、あの……、荒木さんは……、霊獣、なんですか……?」
「ああ。狼の霊獣――、太狼だ」
「狼……」
 あっさりと首肯した少女をマジマジと見た。
 学園の制服からはほっそりした白い足が伸びていて、瑪瑙の飾りがついた紐で束ねられたサラサラした髪からは形のいい耳が覗いていて――。
 横で一真が噴き出した。
「言っとくけど、狼だからって、尻尾生えてたり、狼の耳ついてたりしねェからな?」
「え、そ、そうなの??」
「霊獣とかいうから、オレももっと狼ぽいのを想像してたんだけどさ。オレらと全然変わらねェんだもんな。補佐の連中もけっこうビックリしてたぜ」
「霊獣の本体は霊体ゆえ、狼の本性はそちらに宿っている。ここにある器に現れていないだけだ」
「へ〜〜、それじゃ、そっちバージョンだと尻尾生えてたりすんのか?」
「さて、どうだろうな」
 軽くかわし、甲矢は当然のように光咲の反対側――、一真の右横に並んだ。
「ところで一真殿。玲香殿によると資料室はなかなかに手強いらしい。五人がかりでも厳しいやもしれんな」
「うげ。マジか……。二班始まるまでには終わってほしーんだけどな……」
 露骨に顔を顰める一真の横顔は先ほどまでと違っていた。

 ――これが……、鎮守役の一真君なんだ……

 表情も口調も光咲と話していた時と同じだ。だけど――、甲矢と話している時の一真の霊気は明らかに鋭くてプレッシャーも強い。教室で睦月と話している時よりも。きっと甲矢は遠慮の要らない相手なのだろう。逆に言えば、光咲と話す時、一真はわざわざ霊気を抑えているということではないだろうか。

 ――私……、一真君に気を遣わせちゃってるのかなあ……

 せめて普通に話せるくらい霊格が高ければいいのに。昔みたいに笑っていられたら、それだけで……。いや、霊格さえ高ければ、母のように隠人専門の看護師を目指せる。そうすれば、鎮守隊に関わることができる。今よりもずっと一真に近い所に行くことができる――。
 そこまで考えて、ふと光咲は我に返った。

 ――私……、どうしてこんなに必死なんだろ……?

 理由を探そうとしたが、何故か頭が拒否した。

「着いたぞ」

 甲矢の淡々とした声が疑問を頭の隅に追いやって行った。