春夢の狭間で

2話



「昨日は失敗だったみたいね」
 昼休みの第五会議室。玲香は予想通りといった顔つきで紅茶を啜った。
「ああ、それっぽいのが出てくる気配すらねェ……」
 グテッと机に突っ伏し、一真はマグカップを啜った。昨夜は邪霊が少なく、巡察中に仮眠まで取れたおかげで珍しくコーヒーではなくサイダーである。
 広い会議室には一真と玲香の他に望と甲矢の四人だけだ。優音が復帰していれば加わっていただろうが、まだ退院許可が下りないらしい。
 鎮守役と霊術師と対策室が第五会議室に集まって緊急会議を開いたのは、もちろん、「霊域探し」についてだ。放課後ではなく昼休みを選んだのは「会食」と称して望に昼食を摂らせるという、玲香と一真の暗黙の了解からだ。
「成果っていえば、先輩に鮭おにぎり食わせたくらいだな……」
「それ、成果っていいます……?」
 一真の向かい――、玲香の隣の席でホットココアを飲みながら望は不服そうな顔をした。
 あの後――、総矢と二人がかりで霊気を高めて凄んだ結果、特大おにぎりを四分の三まで食べさせることに成功した。残る四分の一も無事に食べていてくれることを願うばかりだが、恐らく、まだ水晶の中だろう。
 ちなみに、昼食に用意したサンドイッチはちゃんと完食しているので会食作戦はかなり有効らしい。
「成果だろ。伝令役も喜んでたし」
「え、あの特大おにぎり、もしかして、おじい……、伝令役の差し金だったの!?」
「どっちかっていうと、西組全員の意志だと思ってくれ……」
「え……!?」
 望はココアを飲もうとした手を止めた。
「待って、一真君!僕、そんなに心配されてるの!?いつから!?」
「……アンタ……、今更だけど自覚ねェのか……?」
「だ、だって、ちゃんと巡察出てるし、今は怪我してないし……!補佐の皆に心配されるような事なんて……」
「山ほどあるだろ……」
「ど、どこが……!?」
 狼狽える望に玲香はふうっと息を吐いた。
「素晴らしい成果だと思うわ、斎木守役。これからも頑張って」
「玲香さんまで……!」
 思わぬところから飛んできた霊符を食らったような顔の望を軽く流し、玲香は「ところで」と少し表情を改めた。
「正直なところ、どうなの?保管庫はかなり危ないらしいわ。早く代わりを見つけないと……」
 裏山には生徒の立ち入りを禁止して幾重にも結界を張り、付近に霊術師を配置して監視を続けているというが、相手は妖獣だ。学園は気が気ではないだろう。
「わかっています」
 先ほどまでの動揺を見事に消し去り、主座の顔で望は頷いた。
「いくら浄化の結界で妖気を緩和しても保管庫に亀裂でも入ればお終いです。学園の裏山で妖気が噴出する事態だけは避けないと……。霊域が見つかるまでの間だけでも仮の保管庫を人里から離れた場所に造れませんか?」
「残念ながら難しい」
 一真の隣から淡々とした声が上がった。
 いつもの袴姿ではなく学園の制服を身に着けた甲矢はオレンジジュースの入った紙コップの水面を眺めた。
「あれを安置できる場所となると霊力が強く、我々の眼が届く場所となるが……、現では他に適した場所がない。一時的に保管する場所を見つけるよりも霊域を探したほうが早いだろうと里と信濃は一致している」
「でもよ、甲矢。霊山とか里のほうが人が入らねェから結界張りやすいんじゃねェの?何かあったら、そっちのほうが抑えやすいだろーし……」
 黒い瞳が真横からジッと見つめたので一真は口をつぐんだ。探るような視線に何か悪いことを言っただろうかと不安になる。
「斎木守役が言う通りよ。いくら学園が霊山と協力関係にあるっていっても、天狗が常駐してるわけじゃないんだもの。今は術師が監視してくださってるけど、最悪の事態が起きるようなことになったら、対策室じゃ限界があるわ」
「もっともなご意見だ、玲香殿」
 甲矢は視線を玲香に移した。
 得体の知れない緊張が緩み、一真は小さく息を吐いた。
(なんだってんだよ、こいつ……)
 学園をうろつくのに制服を着るのはわかるし、違和感を少なくしようと女子高生が飲みそうなものを飲むのもわかるのだが――、会議室に入ってくるなり他の空いた席には目もくれず一真の隣に陣取った理由だけはわからない。これで好意的なものが感じられるならば悪い気がしなくもないが、そんな気配は微塵もない。不気味なだけだ。
 思い当たるとすれば、一つだけ。この間の松本医院で足の治療を受けてから態度が変わったような気がする。無表情・無関心から、無表情・意味不明に。
(……まさか……)
 昨夜の望の話が過り、自分の脚をさすった。

 ――オレの足、そんなにヤバいのか……!?

 霊術師が傍で見張らないといけないほど浸蝕が進んでいるとか……?
 仮にそうだとして、どうして本人に言わないのだろう?
 あるいは珍しい現象でも起きていて観察しているのだろうか?
 それとも――。
(ヤバすぎて、本人に言えないとか……?)
 ゾッと胃が冷たくなった。
 無言でこちらを窺っていたり、何かを探るような顔をしていたりするし。時々、溜息を吐いたかと思えば妙に優しい顔をするし。あれが余命いくばくもない者へと向ける同情から来るものだったりしたら――!
(……もしかして、オレに本当の症状を言う機会を窺ってるのか?そうなのか!?)
 ある日、屯所の裏にでも呼び出して、あの無表情で、「貴方はもう手遅れだ」とでも言うつもりだろうか?

 ――こ、怖ェ……!

 横でオレンジジュースを珍しそうに味わっている少女が恐ろしい生物に思えてくる。
 どうせならば、さっさと言ってほしいが、ずっと聞きたくない気もする。
 隣で一真が青ざめていることに気づいていないのか、甲矢は少し物憂げな表情をした。
「我々も学園に破片を保管する危険は承知している。本来であれば妖気を孕む邪物は里で保管するのが筋だが、今回ばかりは事情が違う。あの妖獣はかつての里長ゆえ、里の皆の霊筋への強力な影響力を持っている。霊筋を介して妖気を流し込めば、里の者全てを妖獣化させることも可能だろう」
「雄緋がその手を打ってくる可能性は高いでしょうね」
 望が険しい表情で頷いた。
「雄緋の妖気が里の人達に対して異様な殺傷力を発揮したのは、霊筋を介しての浸蝕が大きかったことが一因と聞いています。刃守の里の人達が妖獣化するようなことになったら近い霊筋を持つ武蔵国の隠人全員にも影響が出るでしょう……。かなり拙いですね」
「先輩。ちょっといいか?」
「どうしました、一真君?」
「おっさんがトップだから影響力あるってのはわかるけどさ、里の普通のヤツが妖獣化しても隠人に影響ってあるのか?」
「かなりありますよ。武蔵国の狼の霊筋は元を辿れば刃守の里の霊筋です。貴狼とかだと現に住みついた人達の本家は里に住んでるっていうこともありますし……」
「うげ……、じゃあ、里の霊獣に親戚いるヤツ、西組にいたりすんのかよ……」
「たぶん、僕の親戚もいますよ」
「は!?」
 意外すぎる事実に一真は素っ頓狂な声を出した。
「先輩の先祖って、城田紡だろ?現に降りたんじゃねェの??」
「城田家はかなり特殊な家柄だ、一真殿。紡様は本家の当主でありながら現に降りられたが、降りる前に当主の座を弟君に譲られた。城田家は現と里の両方に本家が存在しているだけでなく、現の家系においては魂のみならず血の中にも霊獣との縁を持つということになる」
「なんかスゲェな……」
「貴方の斎木家も立場は城田家に近い家柄だ。刃守ではなく、天狼に近しい縁だがな」
「そ、そうなのか……?」
 どことなく穏やかな口調の甲矢に少しの恐怖が過る。同情されているような気分になってくるのは被害妄想だろうか。
「霊筋の繋がりはそう簡単に逆らえるものじゃないものね……」
 玲香は自らの手の甲を眺めた。ほっそりとした白い手には紋は浮かんでいない。覚醒した隠人ならば体のどこかに霊紋が現れているはずだが、彼女の場合、目に見える場所にはそれらしいものはない。
「私達はこっちの霊筋じゃないから、里長が霊筋を介しても干渉できないわ。使っている術式も里のものと違うから簡単には突破できないでしょうね。だけど、それなら霊山も一緒じゃなくて?」
「信濃は元々、宵闇が奥羽と京の間を行き来する際の休憩所として開かれた霊山。休憩所ゆえ、武蔵国のみならず信濃からの霊脈が集まる場所に位置している。そんな場所が万一、妖気に穢されるようなことになれば……」
「……関東全域に妖気が蔓延しかねないわね」
「げ……」
 「関東全域」がどの範囲を指すのか――、よくわからないが、とんでもない広範囲が危険だということだけはわかる。一真達の手に負える事態ではないということも。
「穢されたら即アウトって……。危ないとこに霊山作んなよな……」
「あら、ほとんどの霊山は霊脈の上にあるのよ?天狗が体を休めるのに霊力が集まっている場所のほうが都合がいいから、っていうのもあるけれど、霊脈に流れ込んだ現の穢れを祓う為っていうのが大きいわ。現から流れ込む穢れって、放っておいたら邪霊みたいになって霊脈を乗っ取っちゃうもの」
 カフェが通りに面している理由を聞かれたように、玲香は涼しい顔で答えた。
「霊脈は巨大な木の根みたいなものなの。妖気で穢されたりしたら大変よ。鞍馬から宵闇の精鋭部隊が霊脈専門の術師を連れて出撃してくるわ。信濃の霊山の上層部は大目玉を食らった挙句、左遷ものでしょうね」
「……いっそ、そうなっちまったほうがよくねェか?鞍馬の宵闇って妖獣戦のプロなんだろ?そいつらがチームプレーしたら、あのオッサン勝ち目ねェだろーし、専門の奴がいるんだったら、霊脈も何とかするだろーし……」
「手っ取り早い手段だとは思うけど。鞍馬から宵闇が来てくれるまでの間にどれだけの犠牲が出るかわかったものじゃないわ」
「やっぱ、そうだよな……」
 本気で言ったわけではないが、少しガッカリした。
 天狗がどれほどの速さで移動するのかわからないが、さすがに新幹線より早いということはないだろう。
「これが霊山が抱えている妖変だったら、もっと積極的に動いてくれるんでしょうけどね。霊山は妖獣が出ても里が絡んでいる時は極力手を出さないの。里の中のことには口出ししないっていうスタンスなのよ。信濃のような長い付き合いのある霊山が里と協力する程度ならともかく、総本山の鞍馬はよほどの事態にならない限り動かないはずよ」
「今の状態は十分『よほどの事態』だと思うんだけどな……」
 妖獣が人を襲うことがほぼ確定していて、封具から妖気を放出しているばかりか、影響されて人鬼化する補佐まで現れて――、かなり危険だと思うのだが。
「鞍馬の基準では、まだ許容範囲なんじゃないかしら?」
 少し考え、玲香はさらりと言い放った。
「マジかよ……。普段、どんな化け物と戦ってんだよ、鞍馬の連中って……」
「妖獣の中でも厄介な相手ばかりでしょうね……。あの人達は力が強い分、背負っているモノも重たいから……」
 彼女にしては珍しく声が少し沈んだ。

 ――こいつ、なんでこんなに詳しいんだ……?

 学園が里や霊山と協力関係とはいっても、やけに内情を知っている。対策室の全員がそうなのか、玲香本人が詳しいだけなのか――、何故か気になった。
「信濃に破片を入れられぬ理由はもう一つある。この武蔵国で蝕を迎えた隠人は、信濃に運ばれ、信濃で天狗になった者も多い。里長の干渉を受けかねない天狗が信濃にいるということだ」
「なるほどね……」
 玲香は小さく溜息を吐いた。
「里が武蔵国全域をカバーしてるのが裏目に出ちゃったってことね……。槻宮のご先祖が浅城町に呼ばれた理由もそうだったものね……」
「理由?戒に頼まれたんだろ?」
「そう言われているけど、個人的なものじゃないわ。鞍馬からの正式な依頼だったみたいよ」
「そうなのか??」
 少し驚く。戒が一人で手を回したのだと思っていた。
「一真殿も勘付いておられるだろう。槻宮家は狼の霊筋ではない。京で力を持つ霊獣の眷属の霊筋……、城田家と近い家柄だ。千年前の妖変の折、雄緋の干渉を受けぬ者が必要となり、槻宮家直系の術師がこの地に来てくださったのだと聞いている」
「こんな遠くに身内を行かせるなんて、普通はありえないんだけどね。鞍馬の上層部からのお願い事じゃ断れなかったらしいわ。古くから家同士の付き合いのあった斎木守役のご先祖がこっちに来てくださってからは、かなり心強かったって聞いているけど」
「は?マジで……?オレの先祖と槻宮の先祖って知り合いだったのか??」
「ええ。匠ならご存知だと思うわよ?」
 同じような時期に京から来たという話は聞いているが、まさか親交があったなんて。それが本当ならば、詩織に覚醒の兆しが現れた時、伸真が槻宮学園を勧めたのもわかる気がする。
「そういや、アンタ、どういう霊筋なんだ?狼じゃねェってのは感じてたけどさ……」
「ふふ、知りたい?」
 玲香は意味ありげにクスリと笑った。
「いや、今はいい。とりあえず、霊域探しのこと考えなくちゃだしな」
 彼女の素性は突っ込まないほうがいい――、本能がそう告げた気がして、一真は強引に話題を変えることにした。
「もう一回、再現してみるか?今日は学校終わったあたりから全員であの日と同じようなことやるとかさ……」
「やってもいいけど、一ヶ月前のことなんて覚えてる人いないでしょうからね……」
 望はココアを手に唸った。
「何か、あの夜に出現した要因があるはずです。それを見つけないと……」
「あの夜なあ……。新学期始まったばっかで、邪霊が多かったってくらいじゃね?あ、そーいえば、オレ、あの夜が初巡察じゃなかったっけな……」
「自分の初陣くらい覚えておいてください。あの夜が一真君の初陣ですよ。一応だけど」
「一応……?」
「だって一真君、鏡面が初陣みたいなものだもの。説得しようとした沖野君殴り倒すし、僕と戦うし、鏡面に啖呵切って殴りかかるし……。今だから言うけど、どうしよう、この人……ってヒヤヒヤしましたよ……」
「う……、あの時は、詩織が危なかったから焦ってたっていうか……。ちょっとやりすぎたような気がしてるけどさ……」
 望は少し大げさに溜息を吐いた。
「一真君。鎮守役になった今、邪にとり憑かれた人の家族に、あの時の一真君と同じことする人がいたら、どうします?」
「……すんません……、殴り倒して霊符貼っとくッス……」
「霊符だけにしてください……。今の一真君が気合入れて殴ったりしたら、補佐でも病院送りですよ……」
「マジ??いつの間にンなことになってんだ……??」
「たぶん、雄緋と戦ったあたりから急激に肉体に霊気が流れ込んで補強されているはずです。今なら人鬼と殴り合っても大丈夫かも……」
「や、それは無理だろ、流石に……」
「わかりませんよ?鏡面の時でも一真君の拳、けっこう重かったもの」
「……先輩……。もしかして、あの時のこと根に持ってるとか……?」
「さあ、どうでしょうね?」
 望は腹の奥が見えない笑顔で小首を傾げた。かなり怖い。
「いいじゃない。斎木守役が無鉄砲に突っ込んできたおかげで鎮守役が増えたんだもの。城田主座だけだったら、そろそろ倒れそうって時だったんだし。正直な話、この妖変は斎木守役の力が不可欠よ」
「ええ。この妖変は僕独りじゃ厳しいですからね。一真君が京の霊筋でよかったですよ」
 望はにこにことしている。根に持っているわけではないようだ。
「霊域は霊染め桜が咲いていたから、あの夜に咲いていた桜が関係していた可能性もあります。もしも桜が何らかの鍵になっていたとしたら拙いですね……。学園の中では何か起きていませんでしたか?」
「特にこれと言って何もなかったわ。城田組長達が学園の裏庭に入り込んだくらいね」
「正門付近で霧が出ているのを見た人は?」
 玲香はかぶりを振った。
「夜の十一時ごろなら、警備員が正門近くを巡回してるはずなんだけど、そういうものの目撃はなかったわ」
 槻宮学園の警備員は隠人で構成されている。一人一人が邪霊を相手に戦えるほどの力を持つというから、霊格は補佐以上なのだろう。たとえ霊的なものだろうと、あんなに広範囲に出現していた霧を見逃すとは考えにくい。
「つーか、入り口を探すったって刃守の里っていうのが、いまいちよくわからねェんだよな……。どのあたりまで里があったかとか、里長の屋敷の入り口がどこだったかとかさ……。昔の里の地図とかねェのかよ?」
「……残念だが、当時の里を示す書物は全て焼失した」
「焼けちまったのか?」
「刃守の里は火属性が多いのでな。雄緋を抑えようとした折に放った術で書殿に引火したと聞いている」
「はあ……、火属性が集まってると、そーいうことあんだな……」
 弥生も紡も火属性だった。刃守の里長の親族が火属性だとすれば、里の上層部は火属性が多いのも無理がない。思えば、甲矢と総矢も火属性だ。火属性の霊獣達が周りを気遣う余裕もなしに霊符や術を使えば火事の一つや二つ起きるだろう。
「神社にもそういうものはなかったんじゃないかなあ……。後で伝令役に聞いてみますけど、期待はできないですね……」
 望は記憶を辿るような顔をしていたが、思い当たるようなものはないらしい。里と神社にないということは、ほぼ無理だろう。
「第五資料室……」
 ポツリと呟かれた言葉に全員が玲香を見た。
「第五資料室を探したら、それらしいものがある可能性はあるけど……」
「資料室ですか……。あそこならあるかもしれませんけど……」
 何かを考えるような顔で望はココアを一口飲んだ。

 ――二人とも嫌そうな顔してるってことは、なんかあるんだな……

 間違いなく今回も曰くつきだろう。鎮守隊に入ってから出会ったモノで曰くつきでなかったことのほうが珍しい気がするが。
「先輩。第五資料室って?」
「この町の霊的な文献や資料を保管している部屋ですよ。千年前に里から持ち出されたもののうち、現に関係がありそうで危険度が低いものは槻宮家に預けられたんです」
「スゲェじゃん。千年前のが残ってんのか?」
「あくまで可能性があるだけよ?あるとしても、だいぶ探さないといけないでしょうし……」
 サイダーを飲み干し、一真は立ち上がった。
「いいじゃん。今から探しに行こうぜ。ちょうど邪も少ねェし、時間ねェんだからさ」
 言いながら何かが引っかかった。大切なことを忘れているような気がした。
「そうですね。他にいい案があるわけじゃありませんし、地図じゃなくても何か見つかるかもしれません。開錠をお願いしてもいいですか、玲香さん?」
「構わないわ。甲矢殿もいらっしゃるんでしょ?」
「むろん同行させてもらうが……、宜しいのか?」
「何が?」
 甲矢は壁の時計を指した。
「お三方は学生だろう?授業とやらが始まるのではないのか?」
 甲矢の言葉と昼休み終了を告げるチャイムが見事に重なった。