春夢の狭間で

1話 鈍痛



 少し肌寒い風が吹き抜ける午後十一時半。静まり返った槻宮学園前のバス停に二つの影があった。
「あ〜〜、クソ、今日に限って暇じゃねェか……!」
 深夜ということを考え、いくらか声を抑えて一真はぼやいた。軽く振った木刀が碧の風を生み出し、花が全て散った桜の葉を揺らした。
「どーして邪霊が出てこねェんだよ……。サボってんじゃねェよ」
「あはは、かなりキテるなあ、一真君」
「だってさ、あの時は、ここでも邪霊倒したし、もっと空気だって濁ってた気ィすんのにさ。今日はやけに澄んでるじゃねェか!ホントに今日でいいのかよ……」
「今夜は可能性が高いっていうだけですから。あの夜の出来事は異常だったんだし、そんなに上手くいきませんよ」
「そりゃそうだけどさ……」
 バス停のベンチに腰を下ろし、望は備え付けられた時計をチラリと見た。
「このくらいの時間でしたね」
 唸りながら瞼を下ろし、神社の方向を窺う。補佐達の霊気を探しているのだ。
「関戸さん達は神社に戻ってくれてるし、夜食はあの日と同じメニューにしてもらったし……、今のところ、時間通りに行動してるはずですよ」
「神社の夜食のメニュー同じのにしても関係なくね?」
「何が影響してるかわからないんだもの。できるだけ同じ条件にしたほうがいいかなあって。伝令役と甲矢殿も賛成してくれましたし」
「離れたとこで食ってるもんに影響される霊域って、どうなんだよ……」
 武蔵国の鎮守役主座が一堂に会した日から早くも一ヶ月が過ぎた。里の武術士、信濃の霊山の宵闇が巡回を増やしたおかげで、予想よりも鎮守隊の負荷は少なく済んでいる。破片も順調に見つかり、回収が進んだところまではよかった。破片が集まるにつれて共鳴し合い、封具を破るほどの妖気を放ち始めたりしなければ――。
 その可能性を霊山も里も見落としていたわけではない。むしろ逆だ。当初から危険性を重く見ていた彼らは武術士や宵闇でも発動が難しいほど強力な封具を使った上に木箱型の封具に分けて入れ、さらに上から封印を施していた。通常の邪物ならば封具一つで十分なものを二重、三重に。天狗や霊獣の中でも格の高い者達によって封じられているとなれば、何一つ問題はないはずだった。だが、妖気は封具から漏れ、槻宮学園の裏山に造られた保管庫に充満し――、一昨日、様子を見に行った霊術師が妖気に中てられて倒れ、既に危機的状況だと霊山と里が顔色を変えた。あちらで解決するのだろうと思っていた矢先、今朝、何故か西組に、というよりも望と一真に無茶振りともいえる指令が来た。
「こーいうことは甲矢とか総矢に言えってんだよ。あいつらの専門分野じゃねェか。なんで、オレ達がやらなくちゃいけねェんだよ……」
「……里も信濃も人手不足だからでしょうね……」
 少し疲れた顔で望はベンチにもたれた。
「千年前の妖変の時、戒さんが駆けつけてくれるまでの間に武術士の主力はほとんど妖気でやられて、戦える人は雄緋に片っ端からやられたらしいですよ」
「……あのオッサン、自分の里を滅ぼしたかったのか……?」
「まあ、妖獣ですから。僕達の理解を超えちゃってますよ。信濃は小さな霊山だから元々宵闇も少ないからフル稼働状態ですし。鞍馬でも主力の宵闇は千年前のあちらの妖変で倒れちゃったっていうから、増援も厳しいみたいですね……」
「ったく、同じ時期に起きてんじゃねェよ……」
 望は少し唸った。
「引っかかるんですよね」
「何が?」
「里や霊山を壊滅寸前に追い込むような大きな妖変が立て続けに起こるなんて、おかしくないですか?特に京で起きた大妖変は、あの鞍馬が壊滅寸前に追い込まれたくらい酷かったっていうし……」
「偶然じゃね?オッサンみたいなヤツが血迷うタイミングなんて予想できねェよ。京都のほうの妖変はオッサンが封印された後なんだろ?」
「そうですけど……。京の大妖変の後、鞍馬の宵闇は秘密主義になったらしいんですよね……。それまでは、戒さん達みたいに各地の霊獣の隠れ里に遊びに行ったりしてたらしいけど、それもなくなったっていうし……。あの大妖変から霊山は変わったって、総矢殿が言ってたし」
「大妖変なあ……」
 ドクリと体の奥で何かが脈打った。


『第六部隊が全滅!前線は壊滅状態です……!』
『救援はどうなっている!?部隊の編成を急がせろ!』
 そこは差し込む赤い光が揺れていた。悲惨な戦況を伝える負傷した宵闇達。彼らの報告に動揺も露わに指示を飛ばす指令役の宵闇。詰所は混乱を極めていた。

 ――任せてられねェな……

 戦況を確認に来ただけだが、つい口を出した。
『救援は必要ない。余力がある者は迎撃に向かわせろ。霊符使いは負傷者の手当てを優先。各門の烏に伝達。鬼門の施錠を強めろ。絶対に破られるな』
『風狼斎様!?』
 指令役が不満を露わにした。
『何を仰います!?この妖風の中で負傷すれば、鞍馬の宵闇といえど長くはもちませぬ!一刻も早く救助せねば……!』
『指揮官が血迷ってんじゃねェよ』
 彼は体をビクリと震わせた。思うよりも自分は苛立っているのかもしれない。
『風に耳を澄ませろ。お前は誰を助けるつもりだ?』
 吹き抜けていく風が前線で踏み止まっていた最後の一人の断末魔を運んだ。顔色を変え、指令役の宵闇は指示を復唱した。その場にいた宵闇達も表情を硬くしている。無理もないことだろう。ここまでの窮地、鞍馬始まって以来だ。
 少し霊気を緩め、詰め所を見渡した。
『戦況はわかっている。もう少しだけ耐えてくれ。じきに山嵐が吹く』
 どよめきが起こった。暗く沈んでいた詰め所が俄かに活気づく。

 ―― 一人でも多く戻れよ……

 出陣していく彼らから向けられる敬意と希望の眼差しが痛くて、足早に詰所を出た。
(早く……)
 まだ赤に染まっていない東の空を睨んだ。

 ――早く戻ってこい、戒……!


「……あれは妖獣なんかじゃなかったからな……」
「一真君?」
 望が覗き込んでいるのに気づき、一真は我に返った。いつの間にか脳裏に広がっていた碧の意識が水のように引いていく。
「悪い、なんかボーっとしてた」
「一真君……、もしかして、また……?」
 ギクリとする内心を抑え込む。
「そんなんじゃねェよ。周りに邪霊でもいねェか探ってたら、静かすぎて落ちかけてただけだって。もしかして、オレ、なんか言ったのか?」
「よく聞き取れなかったけど……。いつもの一真君と口調が違う気がしたんだけど……」
「あ〜〜、たぶん、寝言だって!寝言!気にしねェでくれ」
 何かを口走った気がするが、何を言ったかまで覚えていない。
 望は露骨に不安そうな顔をした。
「もしかして、体が動かなくなってたりしてきてるんじゃない……?」
「それはねェって。今日だってフツーに動いてるだろ?」
「本当?この前も足が動かなくなってなかった?甲矢殿が治療して一時間以上かかるなんて……、かなり重症ですよ?」
 松本医院で足が動かなくなった時のことを言っているのだろう。あの後、巡察に出られるほど回復するまでに二時間ほどかかってしまった。
「オレも原因とかよくわからねェけど、あんま関係ねェと思うぜ。甲矢は『破邪のせいだ』とか言ってたけどさ、あの時、そんなに霊力使った記憶もねェし……」
 軽く流そうとして、望の深刻そうな視線に気づく。笑い飛ばせることではないらしい。
「僕達の破邪が肉体を少しずつ焼いてるのは知ってる?」
「知ってるけど、あんま実感ないんだよな」
 足が動かなくなった時も制服を捲って確認したが、怪我一つなかった。
「体を焼くっていったって、それっぽい傷とかねェし」
「破邪の浸蝕って、火傷ができたりするわけじゃないんです。だから、ある日急に腕や足が動かなくなって初めて気づくパターンが多いんですよ」
「げ〜〜。そんなわかりにくいのかよ……」
 少しばかりショックを受ける。もっと目に見えた変化があると思っていた。症状だけでいえば、松本医院での一真の身に起きた現象は浸蝕だろう。甲矢がその手のことを言っていなかったということは、手前だったのかもしれない。
「だから怖いんですよ。手足が動かなくなったら、かなり危険です。さらに浸食が進めば全身に痣ができて、痣から破邪が噴き出して……、そうなったら手遅れです」
「ちょ、なんだよ、その、全身に痣ができて破邪が噴き出すって!めちゃくちゃ怖ェじゃねェか!外歩けねェよ!!」
「そういう生温い状況じゃありませんよ、一真君」
 望は溜息を吐いた。
「放っておいたら、半日くらいで肉体が焼き尽くされてご臨終です。普通は霊山に緊急搬送されますけど」
「半日!?」
「だから、手足が動かなくなってきたり違和感があったりしたら、すぐに教えてください。今は甲矢殿と総矢殿が西組に滞在してくれてるし、武術士や霊術師も降りてきてくれてます。最悪の事態が起きても、現で処置できるかもしれません」
「お、おう……」
 思わず自分の腕を動かして確認すると、望はおっとりと笑った。
「怖い話はこれくらいにしておきましょう。あんまり気にしすぎても良くありませんし。それにしても、今日は静かですね。霊域探しがなかったら、ゆっくりできるのになあ」
 霊術師が対妖気の結界を武蔵国一帯に張り巡らせているおかげで、一般隠人への負荷は随分と和らいでいる。結界の副作用で邪気が浄化されたおかげで、この西組でも珍しく暇な巡察が続いている。休息を取るにはもってこいの状況だったはずなのだが……。
「なあ先輩。この依頼って、断わっちゃダメなのか?」
「無理ですよ」
 望は笑顔を浮かべた。
「里と霊山両方からの依頼だもの。僕達に選択権はありませんよ」
「……嫌な力関係だな……」
 いつ保管庫から妖気が漏れ出してもおかしくない今、最優先事項は新たな破片の保管場所の確保だ。信濃と里が造り出した空間すら破られつつあるとなれば、さらに上位の者が造り出した空間を使うしかない。幸いなことに、この学園のどこかには戒が造り出した霊域が存在する。千年前の空間とはいえ、鞍馬でも有数の実力者が紡いだ空間を基にすれば現在の保管庫よりも強力な空間を作り出すことができるはず――、という発想はよくわかる。
 最大の問題は、その霊域探しを丸投げしてきたことだ。
 たかが一行で終わる指令を長々と馬鹿丁寧に綴り、言伝ではなく総矢に直に届けさせたあたり、むこうも無茶振りしている自覚はあるのだろう。が、たかが紙の指令書を寄越したくらいで理不尽な気分が収まるはずがない。
「もっと邪霊でも出てきやがったら気晴らしできんのに……!な・ん・で!今日に限って、こんな静かなんだよ……!!」
 ざわりと周りで碧の風が渦巻いた。鏡から戻ってから暫く落ち着いていたが、鬼化した彰二と戦ったあたりから妙に強くなった気がする。
「あはは、一真君の怒気で逃げちゃったのかも」
 望はにこやかにしているが、その笑みはどこか乾いている。怒りを通り越しているのかもしれない。
「僕達はやれることをやるしかありませんよ。総矢殿と甲矢殿も協力してくれますし。だけど、このまま見つからなかったら……」
 望は晴れやかに夜空を見上げた。
「西組の皆で玉響に逃げましょうか」
「………………は?」
「このあいだの要領で僕達が交替で結界張れば何とかなりますよ。もう漂流経験しちゃったから、次はもっと上手くやれるでしょうし。トランプとか花札持ち込んで、皆でトーナメントとか、一度、やりたかったんですよね……」
「先輩……、アンタ、実はかなりキレてるだろ……?」
「いやだなあ、一真君。最悪の事態を考えてるだけですよ」
「最悪の事態の解決策がおかしい方向に行ってないか……?」
「そう?」
 望はにこにこと笑いながら、霊符を数え始めた。一真よりキている。
(先輩……)

 ――既にレッドゾーンだったんだな、いろんな意味で……

 里に殴り込みにでも行きたい気分で一真もベンチに腰を下ろした。水晶から弁当箱を取り出し、蓋を開ける。顔を覗かせた美味しそうなおにぎりが少し気分を和ませてくれた。
「言っててもしょうがねェか。補佐が真面目にやってんだし、オレらも再現しなきゃだな……。つーことで、先輩、一個取ってくれ」
 ズイッと差し出された弁当箱の中身に望は眉を顰めた。
「……一真君、これは……?」
「弁当。あの時って、ここで弁当食っただろ?桜は散っちまったけどさ」
 霊域を探すといっても、手がかりは何もない。あの夜、何が原因で霊域の入り口が一真達の前に現れたのか――、見当もつかないのだ。宗則、甲矢、総矢と五人で屯所の奥で唸った結果、霊域が最も出現しやすい夜に、あの夜に近い状況を再現してみようという、なんともあやふやな作戦を決行することになったが、やはり上手くいっている気がしない。
「光咲に頼んで、あの夜の弁当を再現してもらったんだ。あの時、先輩は鮭にぎり食ってたろ?」
「確かにおにぎりもらったけど……、お弁当箱、大きくなってない……?」
「気のせいじゃね?」
「……前は透明のタッパーだったのに、重箱になってるんだけど……」
「そうだっけか?」
 適当にしらを切りながら一真はおにぎりを一つ手に取った。つられるように望も鮭にぎりを手に取り、思い切り怪訝な顔をした。
「おにぎり、大きくなってない……?」
「気のせいだって」
 もちろん、気のせいなどではない。光咲に頼んでボリュームを増やしてもらった。この状況で望が栄養失調で戦線離脱することだけは避けなければならないのに、また何も食べないで走り回っている――、と、昨日、宗則に泣きつかれたのだ。
「でも、こないだより重いですよ……?なんだか、三倍くらいあるような気がするんだけど……」
「いいじゃん、でかいほうが。細かいこと気にするなって」
 的確な指摘を聞き流し、一真は拳より大きな鮭にぎりにかじりついた。若菜が手作りした鮭フレークは少し焼きすぎている気がするが、温かな霊気が漂っている。よほど心を込めて作ったのだろう。

 ――バレバレだっつーの……

 料理なんて興味もなかった妹分が邪霊と戦う時よりも真剣な表情で焼鮭と格闘しているのを見れば、さすがにわかる。この霊気が誰を想って込められたものなのかくらい……。
(ちゃんと先輩も食ってるぜ、若菜……)
 チラリと横を窺った。諦めたのか、望は「食べきれるかなあ」などと弱音を吐きながら水晶から取り出した小刀をおにぎりに突き立てた。
「何やってんだよ!?」
「大きいから分割して食べようかなって」
「……四分割は小さすぎねェか……?」
「そう?」
 器用に四つに切り分けたおにぎりを一つ手に取り、望はあの夜と同じように美味しそうに食べ、残りをラップに包み直した。
「……一応、聞くけどさ……。それ、仕舞っておいて一晩かけて食おうとか思ってないよな……?」
「?そのつもりだけど……」
「いやいやいや、一回で食おうぜ、そのくらい!」
「無理ですよ。僕の容量超えちゃってるもの」
「おにぎり一個で容量超えるって……!アンタの胃、どうなってんだよ!?つか、最後に飯食ったの、いつなんだ!?」
「え……」
 望は「あれ?いつだっけ……?」などと恐ろしいセリフを吐き、考え始めた。
「……待ってくれよ……。それ、そこまでマジで考えないといけねェようなことか……?」
「そうなんだけど……、今日はお茶と水で済ましたし、昨日は……何か食べたかなあ……」
 怖すぎる答が返ってきそうな予感に汗がこめかみを伝った。
「あ!三日前だ!保健室の近く通ったら、牧瀬先生に捕まって、一緒にカツ丼食べたっけ!」
 望は少し得意げに胸を張った。
「僕にしては重たいもの食べたでしょ?」
「アンタ……、自分がヤバいほど少食っていう自覚はあるんだな……」
「補佐の皆よりは食べられない自覚はありますよ」
「待った!」
 自分のおにぎりを口に放り込み、ガシッと手首を掴んだ。男子高生とは思えないほどの細さに少しぎょっとするが今はスルーしておく。
「どさくさに紛れて水晶に仕舞ってんじゃねェ……。せめて、半分は食おうぜ……?」
「ヤダなあ。ちゃんと後で食べますよ」
「絶対、食わねェだろ、アンタ……。一週間後くらいに『忘れてた』とか言い出すに決まってる……」
「あはは、一真君ってば鋭いなあ……」
「笑い事じゃねェ……。水晶の中でカビでも生えたら、オレは光咲と若菜に何て言えばいいんだ……?」
「ヤダなあ、一真君。水晶の中はそんなに雑菌いませんから、大丈夫ですよ。乾燥するかもしれないけど」
「そういう問題じゃねェ……。アンタが食うからって、講習の皆勤賞放棄してまで鮭フレーク手作りした若菜の為にも食ってもらうからな……」
「え。若菜さんが今日の講習休んでたの、この鮭フレークが原因だったの?どうして??」
「……マジで言ってんのか……?この霊気になんか感じるもんねェのか?」
「そうだなあ……。若菜さん、元気そうだなあって……。あ、そういうことですか」
 望は何かに気づいたように頷いた。
「安心してください。妖気に中てられた感じはしませんよ。頼もしいなあ」
 あまりにも真っ直ぐな眼に眩暈が襲った。

 ――若菜……、お前……、なんて厄介な奴に惚れちまったんだ……

 考えてみれば、この師匠の頭に「恋愛」という単語が存在しているのかが怪しい。というより、恋愛よりも先に人として解決しなければならないことが沢山あるような気がする。
「とにかく!米がキツいんなら、その鮭フレークだけでも食え!」
「え〜〜、しょっぱいですよ〜〜」
 ふわりと空気が揺れた。
「旦那〜〜。望殿〜〜。霊域はどんな感じ……、何やってんだ?」
 時間を過ぎたのに連絡がないのを不審に思ったのだろう。様子を見に来たらしい総矢は、おにぎりを手に攻防を繰り広げている一真達に目を点にした。
「総矢!手ェ貸せ!西組の緊急事態だ!」
「ちょ、一真君!?こんなことに里の武術士巻き込まないでください!総矢殿、気にしなくていいですから!」
 総矢は少しこちらを観察し、真剣な顔をした。
「わかった。今夜は失敗ってことで、俺は夜食食いに戻るわ。今夜はチキンカレーなんだわ。早く行かねえと、鶏肉なくなっちまう」
 あっさりと神社の方向に体の向きを変えたジャージの背は迷いがない。よほどカレーが食べたいらしい。
「待て!そこの光咲特製焼肉にぎり三個やるから、オレに加勢しろ!牛肉入りだ!」
「え、牛……!?」
 案の定、総矢は目の色を変えて振り向いた。どれだけヌルくても、やはり狼だ。チキンよりもビーフのほうが好みらしい。
「任せてくれ、旦那!俺は何をすればいいんだ?」
「わ、賄賂は卑怯ですよ、一真君!」
「うるせェ……!アンタが普通に飯食ってたら、問題ねェ話だろーが!」
 深夜の静かなバス停に一真の叫びが木霊した。