追憶の夕刻

6話



「旦那?旦那ってば」
 総矢の声で我に返る。
「どうしたよ。なんか真面目な顔してたけど?」
「あ?あ〜〜、ちょっと腹減ったな〜〜って」
 慌てて取り繕うと、総矢は目をキラキラさせた。
「もうすぐ休憩だもんな!今日の夜食、何だろな〜〜?」
 総矢は神社で用意してもらえる食事が気に入っているらしい。
 里に閉じこもっていると献立に変化がないからだというが、まさか里の霊獣がサンドイッチやチョコレートばかりか、ラーメンを好むとは思わなかった。紡や弥生がそうだったからかもしれないが、もっと「和」な連中だと思っていたのだが。

(……太狼だからって、そんな悩むようなことでもねェと思うけどな……)

 総矢を見る限り、太狼=恐ろしい霊筋、というわけでもなさそうだ。
 いや、人間よりも無邪気で子供ぽいかもしれない。同じ太狼でも甲矢は全くタイプが違うので総矢が特殊なだけかもしれないが。

(つっても、あの凹みっぷりじゃ、かなり悩んでるよな……)

 一通り話を終え雄緋の言葉を誰にも話さないように念を押し、望は疲れたように横になってしまった。相当落ち込んでいるのか、珍しく霊気が乱れに乱れていた。
 あんな調子で明日から復帰できるのだろうか……。

「なあ、総矢」
「ん?」
「太狼ってさ、やっぱ他の霊筋と違うもんなのか?」
「なんで?」
「あ〜〜、えっとだなあ……」
 望のことを話すわけにいかないので、差し障りのない理由を探す。
「狼の霊筋って、そんなにいろいろあって関係が複雑だなんて思わなかったからさ。太狼とか貴狼とか当たり前みたいに言われても、霊筋同士の関係みたいなもんがよくわからねェんだよな」
「へ?」
 目を丸くした後、思い出したように総矢は手を打った。
「そっか。旦那は、いろんな段階すっ飛ばして鎮守役になったんだっけ……。いきなり霊筋は太狼だ、なんて自己紹介されても困るよな〜〜」
 木の枝を拾い、総矢はしゃがんだ。
「ちょうど暇だから軽く説明するわ。詳しいことは後で望殿にでも聞いてくれ」
「おう、頼むぜ」
 総矢は木の枝を動かし始めた。
「刃守の里は太狼の里になってて、太狼の里長様の下、いろんな狼の霊筋が集まってんだ。太狼は里長様の親戚筋しかいねえから、やっぱ人数は少ないな」
 「太狼」と書いた下に縦線を引っ張り、下に「貴狼」と書き、また縦線を書き――、「白狼、その他」で結ぶ。意外なことに達筆だが、図はかなり大雑把だ。
「てことは、アンタも親戚なのか?」
「ん〜〜、一応。遠縁だけどな。太狼が現で特別視されてんのは、里長様の霊筋ってこともあるけど……、やっぱ高位の狼ってことで知れてるのが大きいな」
「……高位って……、霊格だとどれくらいなんだ?」
「個人差あるけど……、戊以上のヤツが多いんじゃねえかな。あと、俺らの破邪は普通よりキツイから現の器だと生まれてくる前――、母親の腹の中で蝕を起こして死んじまうんだよ。だから、隠人に太狼はいねえ」
「例外とか、いないのか?」
「ん〜〜、いないんじゃねえかな……。俺らの魂って、単体で動けるから、現に転生する時は、ある程度は入る器を選べるし。死んじまうのわかってるのに、わざわざ現の器に入ったりしねえよ。あ、もしかして、旦那……」
「な、なんだ?」

 勘付かれたか?

 焦ったのも束の間、総矢はニヤっと笑った。
「自分が太狼かもって疑ってるだろ?」
「へ?」
「いーって、隠さなくても。隠人なのに、そんなに霊格高くて霊風呼んで、あの鏡から帰ってくるんだもんな。そりゃ、自分の霊筋疑いたくなるよな〜〜」
「ま、まあな」
 いい感じに勘違いしてくれているようなので、乗っかることにして頷いておく。
 総矢は一真の右手を眺めた。
「残念だけど、旦那は太狼じゃねえな。里の太狼は皆、顔なじみだけど、その紋のヤツは見たことねえよ。今のところ、太狼は刃守にしかいねえんだ。かといって、その霊格じゃ貴狼でもなさそうだし、里にいる他の狼でもなさげだしなあ。その紋見てると、なんか、スゲエ畏れ多い気分になってくるから、並の霊筋じゃねえのは確かさ」
「……それはそれで複雑なもんがあるけどな……」
「ん〜〜、たぶん、こっちのほうの霊筋じゃねえんじゃねえかな……。誠の匠は京のほうで有力な霊狼の霊筋だっていうから、京のほうに縁のある一族がいるかもしれねえ。匠に聞いたら何かわかるんじゃねえ?」
「そっか……。そーいや、貴狼って?補佐の話によく出てくるんだよな」
「俺らに仕えてくれてる連中だよ。こっちも霊格高いヤツが多いんだけど、破邪はそこまでキツくないから現の器にも入れるんだ。そうだなあ、わかりやすい例が城田家かな」
「組長の家が?」
 木の枝が「太狼」をコツコツとつついた。
「城田家の先祖は、里長様の従兄弟にあたる城田紡様なんだけどさ。紡様は太狼なんだ。でも、太狼は紡様お一人で、その後の末裔は皆、貴狼なんだよな。宗則殿も貴狼だし。望殿は……、霊紋見たことないから何とも言えねえけど……。旦那と一緒で、話してると、なんか畏れ多い気分になるから、貴狼っていうのも抵抗あるけどさ……」
 どうやら、総矢も望の霊筋には疑問を感じているらしい。
「……待ってくれよ。霊筋って、家系で遺伝するんじゃねェの?」
 休憩中に雑談していると、両親と同じ霊筋だとか、家系はこういう霊筋だ、などと話す隊員が多い。というより、隊員達は霊筋=家系という認識のようだ。あの優音でさえも。
 隊員だけでなく、祖父もそんな認識のようだし、一真もそう思っていた。
「先祖が太狼なのに、なんで、その後が全員、貴狼なんだよ??」
「ん〜〜、霊筋は現の血族とかと、ちょっと違うからなあ。あくまで魂の姿とかだから、宿った魂が貴狼なら、先祖が誰だろうと、そいつは貴狼になるんだ。ただ、貴狼の子は貴狼と波長が合いやすい器になるから、貴狼の魂が宿って、子供も貴狼になりやすいんだよな。それがずーっと続いてくって感じじゃねえかな……」
「それで、自分の家は代々、こーいう霊筋だ、みてーな話になるわけか……」
「そーいうこと。まあ、血で受け継がれてるのと、魂が宿ってくのと……、どっちになっても結果は似たようなもんなんだけどさ……。城田家は紡様の奥方が霊力の高い人間だったっていうからな。霊力の大きい器に、紡様と縁のある貴狼が宿ったんじゃねえかな」
「でもさ、それだったら太狼が生まれるってこともあるんじゃねェのか?器が太狼のものだったら、もしかしたら……」
 今一度、聞いてみる。

『貴殿、太狼の霊筋か……?』

 鏡の中で雄緋が望に投げかけた言葉。あれは問うているというよりも、確信しているような口ぶりだった。太狼の総矢が望に対して畏れを感じるということは、あの時の雄緋は、まるっきり血迷った戯言を吐いていたわけではないのかもしれない。
 つまり、隠人にも太狼が生まれる可能性があるということだ。そうでなければ――。

「それはねえよ」
 総矢はきっぱりと断言した。
「仮に魂が宿らなくても、器が太狼の波動を持ってたら太狼より格下の霊筋の魂は寄りつかねえから、そのまま死んじまう……。現にゃ、俺らの仲間は生まれてこねえんだ……」
 思わず総矢の顔を凝視した。


「太狼は狼の霊筋の中でも霊格が高いんです……」
 手袋に覆われた左手の甲を眺めながら、望は呟いた。
「まあ、そりゃそーだよな。ここらへんのトップなんだし」
「ただ、高いんじゃありません……。他の狼の霊筋に比べて破邪が強いんです。人の器じゃ耐えられないくらいに……」
「……どういうことだよ……?」
 望は隠人のはずだ。しかし、今の言い方だと――。
「……人の血が混じった隠人に、太狼が生まれるはずがないんです……!」
 掠れた声で告げ、望は思いつめた表情をした。


(それじゃ……、先輩は……)

 ――隠人でも霊獣でもない、本当の化け物……?

 心のどこかで例外は存在するのだと思っていた。里の霊獣ならば良い情報を持っているかもしれないと。だが――、総矢の話は望を更に追い詰めるような結論にしかならない。

(ヤメだ、ヤメ……。あのオッサンがデタラメ言ってたに決まってんだから……)

 このことは望には話さないほうがいいだろう。ただでさえ自分の正体に悩んでいるというのに、トドメを刺してしまう。

 総矢は寂しそうに公園の闇を眺めた。
「千年前、里で大勢の仲間が逝っちまったけどな……。ほとんどのヤツは現に転生してきてるんだ。前世の記憶がない奴がほとんどだし、隠人としての転生だけどさ。元気にしてんならいいんだ。だけど、太狼の仲間は、どれだけ待っても戻ってきてくれねえ……。転生できねえのを覚悟の上で現に降りられた紡様も……」
「じゃあ、あの弥生って人も……」
 総矢は僅かに目を見張った。
「そういや、旦那は鏡の中で弥生様に会ってるんだっけ。どうりで、太狼のこと聞いてくると思ったよ。残念だけど、そうなんだ……。弥生様も、もう帰って来ねえ……」
「そっか……」
 無邪気に笑っていた少女と、彼女を見守っていた青年が浮かび、目を伏せる。
 なんだかしんみりとした気分を吹き飛ばすほど昏い気が感覚に引っかかった。
 同時に立ち上がる。
「旦那。なーんか、ヤバいもんが出てるみてーだぜ」
「ああ……。今日は忙しくなりそうだな……」

 結界を解くと、濁った風が吹き抜けた。