夜桜舞う里

14話



「関戸君!怪我はないか!?」
「伝令役!」
 宗則は厳しい表情で境内を見渡した。
 霊気が残っているのに、望の姿がない。
「補佐は全員無事です!組長が……!」
 瑞垣の枝が枯れたようにパラパラと落ちる。
 拝殿の壁に走る亀裂がまた大きくなった。
「飛び込んだか……」

 もう少し、待っていてくれていれば――。

 その言葉を呑み込んだ。
 邪封じが圧されている。
 鎮守役を担っていた頃の自分がこの場に駆けつけていたら、望と同じ行動に出ただろう。

「伝令役!俺達も正殿へ向かいます!よろしいですね!?」

 剛士の少し後ろにいた隊員達がめいめいに霊符を手にしている。
 全員の顔には迷いがない。
 宗則の到着を待っていたのだろう。
 全員の無事を知らせたら、すぐに追おうと――。

「ありがとう、関戸君。気持ちだけで十分だ」
「伝令役!?」
「この異変を引き起こしているのは邪を超える存在――、妖獣かもしれん。まともに戦えば、望でもひとたまりもないだろう……」

 自分の言葉に血の気が引く思いだった。
 里からの応援とはいっても、到着までに時間がかかる。
 千年前に里を移転する時、結界を強固にした為だ。こちらから里へ入るのが難しいのはもちろん、あちらから現へ出てくるのにも一苦労なのだ。
 隊の視察に訪れるのが、直接管理している里よりも信濃の霊山からのほうが多い理由でもある。

(里長様が霊山に伝えてくださっているだろうが……)

 この手の事態への対処を得意とするのが宵闇だが、こんな時刻に霊山にいるはずがない。彼らが霊山を出て現衆の手に負えぬ邪を鎮めて回る時刻もまた、夜間が主なのだ。偶然に付近を通りかかりでもしない限り、宵闇が駆けつけることはありえない。
 つまり、里からの応援が到着するまでの数時間、こちらでは打つ手がないということだ。

「さすがに危険すぎる。君達を行かせるわけにはいかない」
「だったら!組長も危険じゃないですか!今からでも戻るように伝えねえと……!」
「……わかっている」
 宗則は手首の数珠に手をやった。その手に刀が出現する。
「だから、私が行こう」
「伝令役が!?」
「君達は夜の巡察を続けてくれ」
「巡察!?こんな時にですか!?」
 剛士だけでなく、他の隊員達の顔にも不満が広がった。
 宗則は年若い「後輩」達を見つめた。
「こんな時だからだ。鎮守役が不在だろうと、邪霊には関係がない。こうしている間にも、誰かが襲われるかもしれないんだ。君達が今やらなければならないことは、こんなところで望の帰りを待つことではないだろう?」
「ですが!」
 剛士は尚も言い募った。
「組長と伝令役に万一のことがあれば……、この西組はどうなるんですか!?組長に知らせるだけなら、俺が……!」


「オレが行く」


 声は頭上から降ってきた。
 ふわりと人影が舞い降りる。
「斎木!」
「一真君……」
 宗則と剛士の間に割って入るように着地した一真は木刀を手にしていた。右手の甲では霊紋が碧に染まっている。
「一真君……、状況が分かっているかい?」
「組長のフォローに誰が行くかって話だろ?」
 ジャケットについた葉っぱや花びらを手で払いながら、一真はバイトの急なシフトに入るような口調で言った。

 屋根と木の上を渡ってきたのだろう。地上から家々の間を抜けてくるよりも、障害物の少ない頭上を一直線に駆けてくるほうが遙かに速い。
 ただし、そのためには隠人としての自身の能力を熟知し、使いこなせなければならないのだが。

(恐ろしい適応力だ……)

 宗則は内心、舌を巻いた。
 ほんの数週間前まで隠人のことを全く知らずに過ごしてきたとはとても思えない。
 まるで、幼い頃の望を見ているような気がした。

「夜頭達は巡察があるし、伝令役までこけちまったらダメだろ?組長と伝令役に何かあっったら、新人のオレじゃ、組を纏めるのは無理だぜ?」
「だが、君まで入ってしまったら誰が邪を鎮めるんだい?」
「あ……」
 そこまで考えていなかったのだろう。
 一真は「しまった」というように顔を引きつらせた。
「構わねえよ!行け、斎木!」
 剛士が声を上げた。
「一晩でも二晩でも、抑えといてやる!お前は組長を追え!」
「おうよ。皆も、それでいいんだよな?」
 夜番達が力強く頷いた。
「皆……」
 宗則は見習いの鎮守役と夜番達を見てしまった。
 僅か数日だというのに、一真と隊員達の間には既に信頼関係が生まれ始めている。
 その根底にあるのは、無茶ばかりする孫なのだろう。
(あの子は良い仲間を持った……)
 いつまでも、人に心を開けないからと心配する必要などなかったのかもしれない。
「夜頭と夜番全員の了解はとったぜ!つーことで、オレが行く!いいよな、伝令役!」
「しかし……」

 彼らの言う通り、一晩くらいは何とかできるだろう。
 だが、この浅城町はこの地方の霊脈に通じている。町の霊力を安定させる役割を担う葉守神社に異変が起きれば、武蔵国全域で邪が活性化する可能性が高くなる。
 ただでさえ邪の発生率が高い浅城町はどうなってしまうというのか――?
 何が起きるかわからない状況で、たった二人しかいない鎮守役を両名とも突入させるのはリスクが高すぎる。

「でしたら、私が加わりましょう」

 境内の闇の中から濃紺のスーツが浮かび上がった。
「誠次おじさん……?」
 いち早く相手を見分けた一真が不思議そうな顔をした。
「なんでここに……?それに、その霊格……?さっきより高くなってんだけど……」
「知り合いか?」
 ぼそりと剛士が囁いた。
「ああ。光咲と若菜の親父さん」
「北嶺姉妹の?」

 初級講座を受講中の光咲と若菜は西組ではちょっとした有名人だ。
 数年ぶりに現れた鎮守役候補の一真と幼馴染の隠人、というだけでも十分に話題になるが、本人達の行動によるところも大きい。
 姉の光咲は鏡面の件に巻き込まれた折、自ら志願して補佐の彰二と共に一真と詩織の捜索に乗り出したという。妹の若菜のほうは、合宿を終えるなり入隊を望に直談判し、断られるや一人で邪霊と戦おうとしたらしい。

「なかなか豪胆な姉妹だ。もしかしたら、入隊してくれるかもしれない」

 人手不足が深刻な補佐からはそう認識されている。
 ただし、それは彼女らの霊筋を知らないからだろう。
 霊筋を考えれば、彼女らの行動は決して突飛なものではないし、ある程度は望も予想していただろう。ただ、二人とも少々父親の霊筋が強かったようだが。特に若菜は……。

(誠次君はまだ話していないか……)

 一真は心底驚いた様子で、夜中の神社に現れた「幼馴染の父親」を見つめている。
 彼の現衆での立場については知らないらしい。一真の横では、同じく誠次と初対面の剛士達夜番の面々が怪訝な顔をしている。

「久しぶりだね、誠次君。戻ってきていたのかい?」
「ご無沙汰しております、伝令役」
 誠次は生真面目に頭を下げた。
「今夜、この町に居合わせたのも霊筋の巡り合わせでしょう。巡察はお任せください。一真君は城田組長の援護へ。伝令役は神社内にて不測の事態に備えるべきかと」
 手首の数珠に触れた手に刀が出現する。
 願ってもない申し出だった。
 宗則は頷いた。
「有難いよ。頼んでもいいかね、北嶺守役」
 一真が困惑したように誠次と宗則を見比べた。
「守役って……。おじさん、鎮守役だったのかよ……。それだったら、なんで西組にいねェんだよ……?」
「彼は少し特殊でね。この町の住人だが、鎮守役に就いたのは町に越して来る前……、別の地区での所属なんだ。鏡面の件がなければ、今頃は応援に加わってくれていたはずなんだがね」

 誠次の場合、別の地区で鎮守役をしていたが、結婚を機に浅城町へ越してきた。規則上、本人が希望すれば所属を変えられないこともないが、鎮守役の所属替えは、どこの組長もかなり渋る。
 誠次のように経験豊富で、他の隊員とも上手くやっている有能な鎮守役となると尚更だ。
 そのため、誠次はことあるごとに浅城町に戻れるように申請しているそうだが、未だに叶っていない。

「他の組の鎮守役〜〜?」
 一真はまだ半信半疑だ。
 知り合いが鎮守役だ、などと名乗れば戸惑うのも無理はない。
 誠次にしても、西組の現状を知っているだけに言い出しづらかったのだろう。
 一真があんまりにも納得していないので、誠次は苦笑を浮かべた。
「鏡面の件で、西組ほどまで行かなくてもこちらも人手不足になってしまったからね。応援の話は白紙になったんだ。せっかく心置きなく家に帰って、家族の住む町で刀を振るえると思っていたのに……。上手く行かないものさ……」
「待ってくれよ。さっきから鏡面の件って……、もしかして、おじさんが所属してる組って……」
 誠次は一真と剛士、夜番の面々に向かって敬礼した。

「武蔵国現衆南組鎮守役・北嶺誠次。緊急事態につき西組に加勢いたします」