夜桜舞う里

5話 鎮守隊 IN槻宮学園



 ガタガタと席を立つ音が周囲で聞こえた。
 教室から人の気配と話し声が去って行く。

「一真君?ホームルーム終わったよ?」

 頭上から降ってきた幼馴染の声に応えたつもりだったが、声にならなかった。

「……一真君?」

 前の席で椅子を引く音がした。

「お〜〜い、一真君〜〜!」

 ひょこっと覗き込んだセピアの瞳が「む〜〜」と考え込んだ。
「どうしたの、北嶺さん?」
 近づいてくる足音とクラスメイトの沖野彰二の声がした。
「……撃沈しちゃってる……」
「徹夜だったからね〜〜。初巡察だったし、斎木君のことだから調子に乗って暴れたんだよ、きっと……」
「そうなんだ……。沖野君は昨日、巡察だったの?一真君に初巡察のこと聞きたかったんだけど……」
「あ〜〜、僕、昨日は非番だったんだ。僕も斎木君が暴走するとこ見たかったんだけど、スケジュールが合わなくてさ〜〜。後で夜番の皆に聞いとかなくちゃ。北嶺さんもどう?このあと、神社で講座受けるんでしょ?講座が終わるくらいに夜番の皆が屯所に集まり始めるけど、引継ぎまでの間は自由時間なんだ」
「いいの?私、隊員じゃないよ?」
「いいって。けっこう隊に関わってるし、妹の若菜ちゃんは隊員候補だし。補佐頭が到着するまでなら問題ないって。補佐頭も、昼と夜で両方揃わないといけないから、片方だけしか来てない時って普通にくつろいでるし」
「そ、そう?じゃあ、ちょっとだけ、お邪魔しちゃおうかな……。一真君が暴れてるエピソードだけ聞いたら帰るから……」
 ズリズリと復活するゾンビのように一真は机から起き上がった。
「言っとくが、期待するほど暴れてねェからな……」
 彰二が慌てた顔で両手を振った。
「さ、斎木君!起きてたんだ!お、おはよ!」
「おう……。はよ……ふぁあああ」
 目を擦りながら大きな欠伸をすると、光咲が心配そうな顔をした。
「大丈夫?すっごく眠そう……」
 水色のブレザーの肩で二つに束ねた茶色い髪がふわふわと揺れ、いい匂いがした。
「完徹だったからな……。あんな夜明けまで巡察するなんて思わなかったぜ……」

 霊域から戻って一息ついたからといって、巡察が終わったわけではなかった。
 校庭まで戻ると、一真が飛ばした言伝を受け取った剛士以下夜番が探し回ってくれていた。無事に彼らと合流したまではよかった。
 その後の巡察後半で邪霊が大量に出没したりしなければ……。
 夜半から急激に増えた邪霊を追いかけて、決して狭くない浅城町の東西南北問わず走り回り、片っ端から鎮めてまわり――、休憩はほとんどなかった。
 それまでに蓄積した疲労と霊域での疲労が重なった望はかなりキたらしい。丑三つ時に十五件ほど邪霊を片づけたところでテンションがおかしくなり、結界も張らずに邪霊を斬り捨てたり、包囲網ごと吹き飛ばして周りのコンクリートを削ったりと、暴走を始めた。
 コンビニで調達したホットカフェオレを飲ませると正気に戻ったあたり、エネルギー切れだったようだ。どうやら極限状態に陥ると鎮守様はハイになって思考が麻痺し破壊行動に走るらしい。ちなみに、苦いものがダメらしく、コーヒーはカフェオレしか飲めないらしい……。
 師匠の破壊者な一面と、お子様な味覚を知ってしまった初巡察の夜だった。

「でもさ、斎木君、午前中は起きてたよね。今日はずっと寝てると思ってたのに」
「あのなあ、入学してまだ一週間も経ってねェってのに、いきなりそれはマズイだろ……」
 そう思って頑張っていたが、昼ご飯を食べた後は無理だった。麗らかな春の陽気に誘われるように眠気が襲い――、そこからの記憶はない。
 光咲はクスクスと笑った。
「午後の授業はぐっすりだったよね。気持ちよさそうな寝息が聞こえると思って振り向いたら突っ伏してたもん」
「おぉ、授業で何やってたのか、全然覚えてねェ……」
 机の上では新しい教科書に不自然なしわがついている。枕になったのだろう。
「ノート貸そうか?午前中もたまにガクってなってたもん。あんまり書いてないでしょ?」
「おう、頼むわ」
 欠伸混じりに言うと、光咲は笑顔で頷いた。
「今って邪霊が多いんだよ。新入生って緊張してたり、不安だったりするでしょ?いろんな感情を持ちこんで来ちゃうんだよね……。どうしたの、斎木君?」
「いいのか?こんなとこで堂々とそっちの話しちまって……。さっきも隊のこと話してたよな?」
 教室には他に人の姿はないが、彰二と光咲が巡察の話をしていた時は、まだ他のクラスメイトの気配があったはずだ。聞こえていてもおかしくない。
「そ、そういえばそうだよね……!」
 光咲がワタワタと教室を見渡した。
「普通に話ししちゃったよ!?き、聞かれなかったかな……」
「気にするなよ。話振ったのは沖野だし……。まあ、何にも知らねェヤツが聞いても、ゲームの話くらいにしか思わないんじゃねーか?」
「フ、そこはぬかりないよ、斎木君!」
 彰二はグッと親指を立てた。
「この一組は隊員と覚醒した隠人しかいないんだ!僕達のことは皆が知ってるから、ちょっとくらいなら聞かれても問題ないよ!他のクラスとか廊下で話したらマズイけどね」
「なにぃい!?」
 眠気も吹き飛び、一真は彰二を見上げた。
「初耳だぞ、それ!どーいうことだ!?」
「そのまんまだよ。槻宮学園は隠人の保護を目的に創られた学校だっていうのは聞いてるでしょ?だからって、生徒全員が隠人だけっていうわけにはいかないから、クラスで分けてるんだ」
「それは壬生先輩から聞いたけどよ……」

 槻宮学園のシステムについては、昼の巡察から戻った優音が修業の様子を見に来るついでに教えてくれた。
 学園では「一組」が隠人のクラスとして設定されているらしく、急用で隊員を尋ねなければならなくなった時、とりあえず全学年の一組を探せば見つかるらしい。人を探すには霊気を辿るという手もあるが、あれは相手の霊気を知らないと使えない。一真のように全員の霊気を知らない新人の間は、このクラス分けが随分と役に立つそうだ。

「クラスメイト全員が鎮守隊のこと知ってるって……」
「そう?でもさ、僕達の席って後ろの目立たないところになってるでしょ?」
「あれってくじ引きじゃねェのか?」
 入学した次の日のホームルーム。朝一番に担任がやったのは席替えだった。
 新入生の名前も覚えていないだろうに斬新なことをする担任だと思っていたが。
「表向きはね。本当の理由は隊員を目立たない席に移動させるためなんだ。夜番は寝やすいように窓際や真ん中、昼番は教室を抜けやすいように出入り口の近くに、っていう風に。斎木君は鎮守役だから、寝やすくて言伝を受けやすい席っていうことで、一番後ろの窓際になってるでしょ?組長も三年一組の同じ席にいるよ」
「そういえば、隊員の人は皆、後ろの席だよね……。他のクラスは席替えなんてしていないって言ってたし」
 中学の頃の友人が他のクラスにいる光咲がポンッと手を打った。
 言われてみれば、彰二の席は真ん中の一番後ろだし、一真はというと午後はずっと爆睡していたというのに誰も注意しなかった。
「でしょ?槻宮学園の先生って現衆所属の人ばかりだから、皆で協力してくれてるんだ。特に、一組の担任の先生は鎮守隊経験者が多いって先輩が言ってたし」
「経験者って……スゲエな、それ……」
「だって、普通の人が変な笑い声が聞こえるとか、白いものが視えるとか言っても見間違いかもしれないけど、覚醒した隠人の場合は本当に危険なものが視えてる可能性が高いし、それに狙われる可能性もあるし。経験者が傍にいたほうが安全でしょ?」
「一般人の先生にその手の相談しても、まともに聞いてもらえねェだろうしな……」
「鎮守隊出身の先生だったら安心だよね」
 光咲が大きく頷いた。自分が覚醒した時のことを思い出したのだろう。
 覚醒した隠人はあちこちに浮遊する霊体が視える。つまり、常に幽霊の類が視えているのだ。霊体を身慣れている隠人が「異常」だと感じた霊体は、ほぼ何らかの異変が起きていると思っていい。そして、霊格が高い隠人達は邪の標的になりやすいのだ。
「北嶺さんみたいに事情を知ってる人や隊員以外の人は、春休み中に説明会に参加してるんだ。誰が隊員なのかまでは言わないみたいだけど、さすがにわかるよねえ。夜番の二班なんて、次の日の午前中は遅刻するか、丸一日休むかだもん」
「確かに、休んでるな……」
 一真の隣の席が空いている。白河という名前の補佐で、明け方まで走り回っていた。
 ちなみに、「二班」というのは夜中から参加する深夜班だ。夜番は邪霊の出没率が高く、消耗も激しいので一班と二班に分かれている。九時から日付が変わるくらいまでは昼型でもなんとか務まるが、日付が変わる時刻になると夜型でないと務まらないらしい。二班に参加するということは、白河は完全に夜型だということになる。
「僕達のスケジュールは学園に提出してるから、休んだって何にも言われないよ。だから、斎木君もキツかったら休んじゃえばいいんだよ。僕達は交代するけど、斎木君と組長は一晩中だもん。昼間も邪が出たら出動だし。真面目にやってたら倒れるって……」
「ふあ〜〜。ヤバくなってきたら、そーするか……」
 大きく伸びをして一真は教科書を閉じた。
「斎木君って、けっこう真面目だよね……」
「そーでもねーけどよ。せっかく入学したんだから、高校生活もやりたいじゃねェか」
 鞄を手に立ち上がる。
 帰って寝てしまいたいところだが、そうはいかない。
 放課後は優音に会議室に呼ばれている。彰二によると、鎮守隊専用の会議室が学園内にあるらしく、昼番はそこを拠点にしているらしい。
「んじゃ、行くわ。第五会議室だっけ?」
「たぶん、昼頭がいると思うから」
「また後でね、一真君」
 応える代わりに手をヒラヒラと振った。
 欠伸を噛み殺しながら教室を後にする。

(眠……)
 連日のように昼も夜も邪霊退治をしている望の凄さを改めて痛感した。