夜桜舞う里

1話 春の宵に



 温かい風が吹き抜ける宵。黄色い光が平穏な町の中で瞬き、消えた。
 外界から隔離された黄色いドームの中で黒い影が飛び交う。

「一真君!そっちの任せていい?」
「お、おう!」
 師匠のラフな指示に斎木一真は木刀に霊力を注いだ。
 胸ほどの背丈の邪霊に緑を灯した木刀が斬りつける。
 微かな手ごたえと共に一つ目の猿が霧散していく。
「よっし!」
 思わず喜んだのも束の間、目の前に他の邪霊が迫る。
 赤い光が一閃した。
 丈の長いパーカーが激しい動きに旗のように翻る。
 目の前にいた邪霊だけでなく横手にいた邪霊も一刀のもとに消し去り、城田望は少し呆れた顔をした。
「はしゃぎすぎですよ」
 赤い光を纏った少年は崩れていく邪霊に目もくれようとしない。彼にとっては日常茶飯事の光景なのだろう。
「う……。だ、だってよ……、風使わねェでも、こんなあっさり倒せるって思わなかったからさ……」
 見習いとして仮入隊してから七日。
 望から破邪の法を一通り習い、今日が初陣である。
 七日前はスカスカとすり抜けるだけだった邪霊に手ごたえを感じるばかりか、簡単に倒せる。破邪を扱えるのと扱えないのとでは雲泥の差だ。
「初陣にしてはよく使いこなせてますね。破邪の込め方も上手いですよ」
「ホントか!?」
 望は少しつまらなそうな顔をした。
「正直、もうちょっと手こずると思ってたんだけどなあ……。僕が教えること、ほとんどないんだもの……」
「へへ、自主トレしたからな!一週間前のリベンジだぜ!」
 仮入隊とはいっても、霊符の講習も終えていない一真を実戦に投入するわけにはいかなかったらしい。せめて破邪の法を扱えるようになるまでは神社で修業になったのはいいが、望が指導の為に割ける時間は限られていた。仕方がないので、基礎を習った後は鍛練所で一人、練習あるのみだったが、時折、伝令役に就いている望の祖父が様子を見に来ては上達具合をチェックしてくれた。
 たった一週間で巡察参加の許可が出たのは、伝令役がチェックの為だと言っては、自ら木刀を手に稽古をつけてくれたのが大きいだろう。
「残り、お願いしようかな。刀を振るう回数をできるだけ減らしてみてください」
「減らす?」
「夜は長いですから。初っ端から突っ走ると、途中でスタミナが切れちゃうんですよ。霊力と体力の両方を最小限に抑えられるように頑張ってみてください」
「りょーかい」
 結界の中を跳ね回る邪霊は三体。
 一撃で決めてやろうと一真は木刀を構えた。

「お疲れ様です、組長」
 結界から出ると、夜頭こと関戸剛士と隊員達が待っていた。皆、服装はばらばらだが暗色の動きやすそうな格好をしている。
武蔵国現衆西組の夜の巡察を担当する夜番の面々だ。
「斎木も。調子はどうだ?」
 剛士は短く刈り込んだ黒髪のがっちりとした巨漢で、柔道やラグビーをやっているだろうと誰もが思うような風貌だ。かつて、「番長」
の異名を持っていた名残か、目つきが鋭く、「怖い」印象を受ける。
「バッチリだぜ!」
 親指を立てると、何故か剛士は望を見た。
「十分な戦力ですよ。邪霊程度なら今週中に一人で担当できるようになるんじゃないかな」
 「おおっ」という感嘆が周りから上がった。
 ごつい手が一真の両肩をガシッと掴んだ。
「さすが修業もなしに壬生を負かした男だな!その調子でとっとと鎮守役に昇格してくれよ?」
「ああ」
 ワンクッションが気になったが、あえてスルーしておく。
 何年にもわたって彼ら補佐と信頼を築いてきた望に比べ、一真はつい最近まで普通に生きてきて、鎮守隊との関わりは全くと言っていいほどなかった。祖父が元鎮守役で、現在も有名な霊刀鍛冶師なので、鎮守隊では「斎木」という姓で素性を察する者がいる程度だ。
 そんな奴が急に指揮官的な立場の鎮守役に抜擢されれば、古参の隊員はかなり面白くないだろう。補佐には剛士のように大学生も多い。高校一年生の一真の部下になるというのは抵抗がある者がいるのも当然だ。
 それでも隊員からの反発もほとんどなく初陣を迎えられたのは、昼頭の壬生優音が先に手を回してくれたのと、隊の深刻な人手不足のおかげだ。
(今のところは元気そうだけどな……)
 優音から「あと三週間で倒れる」と予想された望の顔色は相変わらず良くない。
 この西組では望一人しか邪を鎮められる鎮守役がいない以上、昼も夜も彼が出動しなければならない。今日から学校も始まったので余計な体力も削られているのだろう。
(この人、初めて会った時から怪我してたからな……。いまいち、危険度がよくわからねェんだよな……)
 いつも青白い顔で平然としているので、体力がイエローゾーンなのかレッドゾーンなのか、外から見ただけではわからない。
 優音によると体力がレッドゾーンに達するとフラつき始めて、立ったまま寝ていることがあるらしい。そうなってきたら、問答無用で葉守神社に引っ張っていって伝令役に報告するように、という指示が出ている。
「組長、学園の正門前にも邪霊が数体出没中だ。包囲網は済んでいる」
「わかりました。皆は巡察の続きをお願いします。僕達は学園の前を祓ったら追いつきますから」
 指示を終え、望はこちらを振り向いた。
「行きましょうか、一真君」
「おう」
 歩き出そうとする首元に太い腕が回り込んだ。
「斎木、ちょっと話がある」
「何スか、番長?」
「番長はやめろ。夜頭だ、夜頭」
 望が不可解な顔をした。
「関戸さん?どうしたの?」
「ちょっと夜頭としてアドバイスするだけだ!先に行っててくれ!」
「え……でも……」
 望は不安そうな顔をした。
「……新人いびりはダメですよ?」
「そんなことしねえって!俺の霊気の波動をまだ教えてなかっただろ?見習いっつっても、鎮守役なんだ。夜番として直通回線を教えとかねーと」
「じゃあ、門の前で待ってるから……」
 腑に落ちない表情で望は夜道をスタスタと歩いて行った。


「で?何スか?」
 いつぞやの優音のように仕掛けてくるのだろうかと身構えながら剛士を振り返ると、物凄く真剣な眼差しとぶつかった。
「よく聞け……」
 望が通りの向こうへ消えたのを確かめ、剛士はぼそっと呟いた。
「今の組長の体力は恐らく、レッドゾーンだ」
「へ?」
 告げられた内容を反芻し、一真は慌てて声を潜めた。
「マジで?見た感じ、フツーなのに?」
「見た目で判断するな。ああ見えて演技派だ」
「そ、そーなんスか?」
 以前、望本人もそんなことを言っていた気がするが。
「多少の重傷を負っていても何ともないように振舞うのが、あの人の基本だ。見た目が危険になった時は手遅れだ。倒れる直前だと思え」
 周りで補佐達が頷いた。共通認識事項らしい。
「ここ五日、邪の出没が多くてな……。寝てない、食ってないが続いている。壬生によると、昼間に学校でぼーっとしてて階段から落ちかけたらしい……」
「ぅげ……」
 思わず呻く。
 まさか、そこまで危険だったとは。
「昼休みにも出動があって昼飯も抜いてるらしくてな。夜になって邪気があちこちから漂ってるから興奮状態になってて元気そうに見えるが……、こういう夜は日が上ると危険だ。明るくなるなり反動で卒倒するかもしれん……」
「日が上ったらダメって……。バンパイアみてーだな……」
「その例えはやめてくれ。俺達も似たようなもんだからな……」
 隠人は昼型と夜型がきっぱりと分かれるらしく、昼番夜番は個人のタイプを基に決めているらしい。剛士を含め、ここにいる夜番の隊員は皆、基本的に夜型で夜のほうが霊力を始めとする隠人の能力が強まる。つまり夜は強いが、昼間は思うように力が振るえない。そういう意味では「バンパイア」という表現が当てはまらなくもないかもしれない。
 ごくまれに望のような昼も夜も関係なく全力で戦える終日タイプもいるらしい。
 一真はというと、まだどちらかわからないので両方の巡察についていってタイプを見定めるのだという。
「いいか?今夜のお前の最優先事項は邪霊を倒すことじゃなくて、組長に飯を食わせることだ。今の状態で組長が倒れたら、この西組は終わりだ……。頼んだぞ」
 予想を超えて深刻な事態に一真は頷いた。
「わかった……。見習いとして、あの生活破綻、何とかしてみせるぜ……」
「組長は強敵だ。俺と壬生がタッグを組んでもあの生活破綻には手も足も出なかった……。それでも、やるか?」
「当たり前だぜ。師匠をぶっ倒れさせてるようじゃ、弟子失格だろ?」
「いい心がけしてるじゃねえか……。気に入ったぜ」
 剛士は満足げに頷いた。
「それでこそ組長と壬生が見込んだ男だ!頼もしいぜ!なあ、皆!」
 一斉に拍手が起こった。
 惜しみない拍手が、隊員不足の深刻さを物語っている。
「夜頭として期待してるぜ!!下剋上上等!組長の出番を奪うんだ、斎木!当身を食らわせてでも前に出ろ!後でフォローしてやるから遠慮はいらん!」
「さすがだぜ、夜頭!」
 補佐達に見送られ、一真は学園への道を急いだ。

 開き始めた桜が十二夜の月に白く揺れていた。