春暁の前に

18話



「カズ兄……、どうやって……?」
「どうしたんだ、その腕!?」
 とりあえず、無事な姿に安堵したのも束の間、パーカーの袖に滲んだ血を見つけ、一真は慌てた。
「気分悪くねェよな!?六合ってヤツ持ってねーんだ!」
「大丈夫だよ。
自分のだったら、邪を中和する方法知ってる。それより、」
「ちょっと黙っててくれ!」
 振り向きざま、襲いかかってくる邪霊に蹴りを放つ。
 命中した肩がばっさりと霧散した。
「へ、うちの妹分にちょっかいかけてるからだぜ!」
 続く三体を殴り倒し、一真は眉を顰めた。
「……若菜。お前、こんなのに手こずってたのか?らしくねーな……」
「ち、違うよ!カズ兄!そいつら……!!」
 皆まで聞く必要はなかった。
「ほぉ……、復活すんのか……。雑魚のくせにやるじゃねェか……」
 黒い羽虫の塊のようなものが吹き飛ばされた場所に集まり、何事もなかったかのように起き上がってくる。
「へェ……、これが……」
 望が言っていた破邪がなければ邪にダメージを与えられない、ということなのだろう。
「感心してる場合じゃないよ!あれじゃゾンビじゃん!!」
 自分の腕に霊力を集中させながら、若菜が邪霊を指した。
「ゾンビって……。お前、あいつらのこと、ちょっとは習ってきたんじゃなかったのかよ?」
「習ったけど……。あんな、復活するなんて聞いてないよ!!」
 わたわたとしているあたり、かなり焦っているらしい。
「やっぱ破邪のことは知らねーってことか……」
「なにそれ!?聞いてないよ!?」
「ん〜〜、そうだな……」
 一体を殴り飛ばし、一真は少し考えた。
「よくわからねェけど、ゾンビを倒す必殺技、みてーなもんじゃねーか?」
 若菜は不満そうにプッと頬を膨らませた。
「……なんか、カズ兄ばっか詳しくてズルい!あたしのほうが先に覚醒してたのにさ!」
「じゃー、追いついてこいよ。こんな奴らにビビっちまったわけじゃねェんだろ?」
「当ったり前だよ!」
 若菜は落ちていた霊符を拾った。
「すぐに追い抜いてやるんだから!」
 襲ってきたうちの一体を蹴り飛ばす間に、クナイを手にした若菜が他の一体を貫いていた。
「城田先輩が到着するまで、こいつらここで抑えんぞ」
「うん!」
 突っ込んでいく若菜の後ろで一真は軽く息を吐いた。
(風を使えって言ってたっけ……)
 わざわざ言い置いて行ったのだ。
 きっと意味があるに違いない。
(風っていったら霊風のことなんだろーけど……。もっとわかりやすく言ってくれりゃいいのに……。まあ、ああいう人だけどさ。昔か……ら……?)
 するりと出てきた感情に思考が止まる。
(昔……?昔って……いつだ……?)
「カズ兄!?そっち行ったよ!」
「え?あ、ああ……」
 爪を間一髪で避ける。
 ジャケットの袖が浅く裂けた。
「にゃろ……」
 一真の意志に反応し、右の甲で霊紋が碧に輝いた。周りで碧の風が渦巻く。
「うくっ」
 勇ましくクナイを振り回していた若菜が急に呻き、咳き込んだ。
「若菜!?どうした!?」
 慌てて傍に駆け寄り、接近していた邪霊を蹴り飛ばす。
「た、たぶん……」
 震える指が一真を指した。
「カズ兄の霊気に……、げほっ。あたしの霊気が反応、っしてんだと……おもう……!」
「なっ」
 そういえば、望が少し霊気を表に出しただけで蹲っていた。
 一真の高まった霊気は、邪霊よりも若菜にダメージを与えてしまう。
(しょうがねェ……!)
 風を収め、結界内を飛び回っている邪霊を睨む。
 霊力を抑えたままで六体全てを相手にするのは厳しい。
「若菜。お前、結界に出入り口って作れるか?」
「できるけど……」
 口元を拭い、若菜はクナイを杖のようにして立ち上がった。
 回復してきたのか、足元はしっかりしている。
手を貸す必要はなさそうだ。
「オレが時間稼ぐから、今すぐ出入り口作ってくれ」
「え?それって……」
「一旦退くぞ」
「な、何言ってんのさ!?カズ兄は鎮守役候補なんでしょ!?ひ、退いたらダメじゃん!最後まで戦わなくちゃ!!」
 顔いっぱいに非難の色を浮かべ、若菜はクナイを握り締めて喚いた。
「あのなあ、若菜……」
 近づいてきた邪霊を殴り飛ばし、一真は振り向いた。
「倒せねェのわかってるくせに粘ってぶっ倒れたら、余計にダメだろーが!過労死しかけてる奴の仕事増やしてどーすんだ!?」
「過労死……?誰が?」
「城田先輩に決まってんだろが。昼も夜も戦っててまともにメシも食ってねーんだってよ。お前がバカやったら、それだけ仕事増えるだろが。合宿でそーいうこと聞いてこなかったのかよ?」
 若菜は目を見開いてフルフルとかぶりを振った。
「ウソだよね……?」
「こんなとこでお前に嘘言ってどーなるんだ!?だいたいなあ、西組で邪を倒せるのが、先輩しかいねーってことは、夜でも昼でも邪が出たら、あの人が出るしかねーってことだろーが!いつ休むんだよ!?」
「あ……!」
 ようやく思い至ったらしい。
 口を押えて絶句したかと思うと、若菜は急に狼狽え始めた。
「ど、どうしよう……!組長、お、怒ってるよね!?」
「ハア!?何言ってんだ、お前!?」
「だ、だって……!」
 若菜は縋るような目をした。
(うお、何だ!?オレ、何かマズイこと言ったっけ!?)
 妹分の珍しい反応に思わず自分の言動を思い返す。泣かすようなことは言っていなかったはずだ。たぶん。
「だって……、組長が怒っちゃったら……、あたし、入隊させてもらえなくなっちゃうよ!どうしよう!?」
「どうしようって……」
 何を悩んでいるのかわからないが、かなり深刻な様子だ。
 励ましてやりたいところだが、望と一緒に行動したのは鏡面と戦った数時間だけ。霊筋の影響か、初対面から親しみを感じるが、彼の怒りの沸点を知るほど付き合いが長いわけではない。
「……あー、えっと……、まだ怒ってないんじゃねーか……?」
 仕方がないので、結界に入る前の望の顔つきから考えてみる。かなり呆れてはいたが怒ってはいなかったはずだ。
 だいたい、この程度で入隊禁止になるなら、一真はとっくに追放されている。
 危険だからと必死に止める望を脅して無理やり現場について行ったのだから……。
(よくオレを推薦する気になったよな……)
 それくらい大らかでないと、一人で隊をまとめられないのかもしれないが。
「そ、そっかな……?」
「最強の鎮守役が、そんな器の小さな男のわけがねェ。大丈夫だ、たぶん……」
 突っ込んできた一体が右ストレートの餌食になって地面に落ちた。復活する前に蹴り飛ばして遠ざける。
「だから、今すぐ結界に出入り口作れ!先輩が怒る前に!」
「う、うん!」
 若菜は結界の壁を調べ始めた。封じ目を探しているのだろうか。
 その背を庇うように立ち、六体の邪霊と対峙する。
 若菜を狙ってきた一体の顔面に拳を叩き込み、死角から襲いかかる一体を肘鉄で叩き落とす。
(マズイな……)
 頭を凹ませた邪霊がよろめく間に再生を遂げていく。
 再生する時間が短くなってきている。
 背丈も、結界に入った時は一真の太腿ほどだったのに、いつのまにか、六体とも腰のあたりになっている。再生するたびに少しずつ大きくなっているのだろうか。
(まさか、これが土地の霊力ってヤツか……?)
 人間の念が土地の霊力で邪霊化するならば、土地の霊力を吸収してパワーアップするということもあるのではないだろうか。
 三体を蹴り飛ばしている間に、さっき殴り倒した二体が復活していく。
 僅かな差で跳躍してきた一体を掴んで投げ飛ばす。
 また再生が早くなった。
「作ったよ、カズ兄!開いてるのは十秒くらいだから急いで!」
 背後で若菜の声がした。
 黄の幕に一真の胸くらいの高さの揺らぎができている。
 飛びかかってきた二体の頭を掴み、投げ飛ばす。その僅かな隙に蹴り飛ばした二体が跳躍して襲いかかる。また一回り大きくなって。その目玉が動き、一点を見た。
(こいつら!?)
 嫌な予感に、一真は怒鳴った。
「先行ってくれ!」
「うん!」
 疑うことなく、壁の揺らぎの中に若菜は飛び込んだ。
 微かに結界の中に入り込んだ外の風に邪霊達が一斉に反応した。
 六体それぞれに不規則な動きで一目散に出口を目指す。
「どこ行くんだ、テメーら!」
 横を通り抜けようとする邪霊の顔面を掴み、後ろの邪霊に投げつける。
 難を逃れた邪霊が一真ではなく出入り口を目指して跳躍した。
(やっぱ、こいつら!)
 ――あそこから外に出られるって気づいてやがる……!
 跳躍した邪霊に拳を叩き込み、足元を通り抜けようとした邪霊を蹴り飛ばして遠ざける。
 ムクリと起き上がった邪霊の凹んだ頭に黒い靄が集まり、邪霊がまた一回り大きくなった。
「カズ兄も早く!え?ちょっと、カズ兄!?何やって……」
「若菜!出口閉じろ!早く!!」
 二体を蹴り飛ばし、出入り口を背に怒鳴る。
 胸までの高さしかない出入り口では、屈んで通り抜けるしかない。
 だが――。
 跳躍した二体を叩き落とす。
 邪霊のサイズならば、難なく通り抜けてしまう。
 この復活スピードでは後ろを向いて屈んだ隙に外に出してしまう。
「え?何言ってんのさ!?カズ兄も一緒に行か……」
 若菜の声が途切れた。
 漏れてきていた外の風も戸を閉めたように止んだ。
「……これで、遠慮はいらねーな……」
 右手で碧の光が溢れた。