春暁の前に

7話



「斎木君!斎木君ってば」

 沖野彰二が目の前で霊符をヒラヒラさせた。
「ああ、ちゃんと聞いてる」
「ウソ、めちゃくちゃボーっとしてたよ?」
 彰二は珍しく怒ったように言い、霊符を一真の前に置いた。
 宗則の話が終わった後、優音に指名された講師こと彰二が迎えに来た。二人で屋敷内の一室に移動し、今に至る。
 部屋は、光咲達と一緒に講習を受けた部屋よりも少し小さく、やはり机が並んでいる。
 こちらにはホワイトボードがあり、壁には浅城町の地図が貼られていて、より会議室めいている。彰二によると、この屋敷は丸ごと鎮守隊の屯所として使われているらしい。
 作戦会議場だけでなく、宿泊所や休憩所としても使われていて、常に誰かがいるらしい。
森の奥には実技用の鍛練所もあるという。

「もう、ちゃんとしてよ。交代の時間に講習内容の報告しなきゃいけないんだから〜〜」
 彰二を呼び出して講師を頼んだ後、優音は夕方の巡察に出たらしい。
 昼間は邪の出現が少なく、巡察の回数も少なくていいので、隊の運営といった事務的なことは主に優音が決めているという。
「昼頭が戻ってくるまでに霊符の基本までやりたいんだ!期待に応えるためにも頑張るぞ〜〜〜!」
 彰二は自分のほうが生徒のような意気込みだ。
彼の霊符の師匠だという優音にいいところを見せたいのだろう。その気持ちはわからなくもない。
「……ようは、霊符に霊力込めて呪文唱えて投げつければいいんだろ?お前と先輩達がやってるの見てたから、だいたいわかってるって」
「大まかにはそれであってるけどォ……」
 やや不満げに彰二は自分が手にした符をツンと撫でた。
「言っとくけど、霊符に霊力込めるって、かなり難しいんだよ?斎木君でも一週間はかかるんじゃな……」
「……簡単にできそーな気ィするけどな……」
 ついさっき優音がやっていたように霊符を指先に挟み、意識を霊符に集中する。指先に集まった霊力が符に流れ込み――、白い霊符にぼうっと黄色い光が灯った。
「これでいいんだよな?」
「うう、そんなあっさり……。斎木君って、本っっっ当〜〜に型破りだよね……。今更、驚かないけどさ……」
「いいじゃねーか。壬生先輩に霊符の基礎はバッチリって報告できるぜ?」
「それはそうだけどォ……」
 「でも、ちょっとくらい苦労してくれても……。せっかくいいところ見せられると思ったのに……」と彰二はブツブツと口の中で本音を呟いた。
(こいつも変わってねーな……)
 あのブツブツは四年前によくやっていた癖だ。鎮守隊で随分と鍛えられたと思っていたが、あの癖は治らなかったらしい。
 一真は話題を変えることにした。

「霊符って種類あるよな?こいつはどーいう札なんだ?」
「勾陣。土の属性を持つ攻防両用の霊符だよ。使い勝手いいから、皆、よく使うんだ」
 あっさりと機嫌を直し、彰二は嬉しそうに解説を始めた。
「僕達が使う霊符には、十二天将っていう十二種類の霊符と補助的な役割の十干っていう十種類の霊符があるんだ。とりあえず、補佐は十二天将の霊符を四種類以上扱えるのが必須条件なんだ」
「……三分の一か……。ハードル高いのか低いのかよくわかんねェ基準だな」
「習得必須の霊符が四種類だからね。回復の天一、結界を張る太常、治療用の六合、攻守両用の勾陣。でも、四種類じゃ実際は厳しいんだ。ほとんどの補佐は六種類以上使えるよ。斎木君は鎮守役候補だから、十二種類全部習得しなきゃだけど」
「なるほどな……。じゃあ、途中で講師交代すんだな」
「ど、どうして?も、もしかして、僕じゃ不安!?そ、そりゃ、組長とか昼頭と比べたら、僕なんて全然だけど……!あの二人と比べるほうが間違ってるよ!」
「ちがっ、そーいう意味じゃねェって!」
 彰二が号泣モードに入りかけたので、慌てて補足する。
「オレは十二種類全部を使えねーとダメなんだろ?お前が使えない霊符は他の奴に習うしかねーじゃん」
「なあんだ!そっちかあ!」
 一転して彰二は満面の笑顔になった。喜と哀が顔に出やすいところも変わっていない。
「そ・れ・が!実は僕、十二天将の霊符は全部使えるんだ!武蔵国でもトップクラスの霊符使い・昼頭の直伝だから安心してよ!」
「マジか!?スゲエじゃねーか!」
 彰二は得意満面で胸を張った。
「でしょ!?もっと褒めてくれてもいいよ!!」
「あー、スゴイ、スゴイ」
「うう、目が冷めきってるよ、斎木君……。もういいです……」
 また凹みだしたので、一真は再び話題を変えることにした。

「でもよ、この霊符って、どーなってんだ?オレ、木の属性なのにさ、オレの霊力込めて土属性の霊符が発動するし……。お前も、こないだ使ってたの、緑色の霊符だったよな?」
「緑色……、ああ、青龍のこと?」
「さっきの話じゃ、緑色って、木属性なんだろ?お前と属性違うじゃねーか」
 霊気は五つの属性があり、属性ごとに色が異なっているらしい。木は緑、火は赤、水は蒼、土は黄、金は白、という具合に。
 発動時の霊符の光が種類によって違っていたり、同じ色だったりするのは、霊符がそれぞれに属性を帯びているからだという。
 霊紋に現れる色も同じで、一真の紋は碧に染まるので木属性、望は赤なので火ということになる。個人的には、自分が木だというのが不思議だし、あのおっとりした望が火だというのが、ちょっと意外だ。
「あ、ホントに聞いてくれてたんだ。よかったぁ」
 彰二はホワイトボードに何やら書き始めた。
 尚、この彰二も属性は火らしい。望の三倍くらい意外だ。
「霊符は込められた霊力を自分と同じ属性に変換して発動するんだ。属性変換器の力もあるんだよ」
「……こんな薄っぺらいのにスゲエんだな、この札……」
 教材用の霊符をペタペタと触ってみる。和紙のような手触りの符は謎の模様と文字が描かれている以外は厚みのある紙にしか見えない。
 これが、霊力を込めると、火の矢を出現させたり、水圧をかけたり、盾を作ったりするのだ。
「大事に使ってよ?作るの大変なんだから……。斎木君は木属性だから、そうでもないかもしれないけれど……」
「作るのにも属性関係あるのか?」
「そこは後で説明するよ。でね、ここからが大事なんだけど。五行相克と五行相生っていって、霊符だけじゃなくて霊力を使う時に常に考えないといけない属性同士の相性があるんだ」
 彰二はホワイトボードに木、火、土、金、水と時計回りに間隔を空けて二回書き、片方は向かい合う属性に矢印を引いて星型にし、片方は時計回りに矢印で結んで五角形にした。
「こっちが五行相克、こっちが五行相生で、相克が打ち克つ関係、相生が生み出す関係なんだ」
 星型に「五行相克」、五角形に「五行相生」と書き、彰二は振り向いた。
「……それって……、木属性が金属性に弱いっていうヤツか……?」
「うん、それのこと。霊符に当てはめると、同じ属性の霊力だと百パーセントの力を発揮してくれるけど、相克の関係の霊力を使うと効力が七十パーセントくらいまで落ちるんだ。逆に、相生の関係の霊力を込めると百五十パーセントの力を発揮してくれるんだよね」
「じゃ、相克にも相生にも当てはまらないヤツはどーなんだ?」
「ん〜〜、だいたい、八十から九十パーセントくらいじゃないかな……。ちゃんと測ったことないけど……」
「ほぉ……」
 ホワイトボードと黄色く光る霊符を見比べる。木と土は相克の関係だ。残念ながら、一真の霊力では勾陣は七割くらいしか力を発揮してくれないらしい。
「この間、僕が使った青龍も、同じ木属性の斎木君が使ったほうが力を引き出せたってことになるかな。あ、でも斎木君は格が高いから関係ないか……」
「鎮守隊って皆、霊格がどうとか言うよな。そんなに意味あるのか?」
「すっごくあるよ。霊格は霊体のレベルみたいなもんだから……、ゲームで同じ武器を装備してても、レベル一とレベル九十だと与えるダメージが全然違うでしょ?あれと似た感じ。格が一つ上がると、霊力も術の威力も防御力も、いろんなステータスが上がるんだ」
「おお、わかりやすいぜ、その例え!」
「ホント!?よかったあ!霊格は人によって初期値がかなり違うけど、修業とかで高めることもできるから、本当にレベルみたいなものなんだ。体の状態によっては格が下がることもあるらしいし、一時的に上下することもあるらしいけどね」
「つーことは、戦う時は相手の霊格ってやつを初っ端に確認しなきゃいけねーってことか……」
 三日前に戦った鏡面が過った。
 あの望が苦戦していたということは、あいつはかなり霊格が高かったということではないだろうか。そんな強敵相手では、覚醒したばかりの一真がついていくのを嫌がるのは当然だろう。
(はあ、ジイちゃんのこと言えねー……)
 孫の代でも既に世話になってしまっている。弟子入りということになれば、更に苦労をかけるのかもしれない。

「その霊格ってどーやって見分けるんだ?」
「それなんだけど……、実は厳密な見分け方っていうものはないんだ」
「は?」
「僕達が使う術は霊山から教わったもので、格の基準も霊山が決めたものだから、天狗なら見分ける方法を知ってるかもだけど……。鎮守隊では相手の霊気から直に感じ取って測るんだ。いろんな人や邪に会って自分と比べたりしてるうちに、なんとなくわかるようになってくるかな……」
 つまり、感覚で掴めということらしい。
扱い方が決まっている霊符より、そちらのほうが難しいかもしれない。
「強い奴と当たりまくって経験積むしかねーってことか……。ちなみに、お前はどんくらいなんだ?」
「僕は丙の京くらい」
「……それは何の暗号だ……?」
 てっきり、「レベル一」とか「初段」とかのわかりやすい基準だと思っていた一真は思いっきり眉を顰めた。
「僕もあんまり詳しくないけど……、格には段階があって、甲が人間の域、乙からが隠人の域で、丙はその上の段階で……、更に段階ごとに初級の京、中級の垓、上級の穣ってふうに三つの級に分かれてて……」
「ちょっと待て!なんでそれをボードに書かねェんだ!?物凄く大事なとこだろーが!!」
 慌てて鞄の中に手を突っ込んだ。
「ええ!?霊符の説明でメモ取らなかったのに、どうして雑談でノート広げてるの!?何かが間違ってるよ、斎木君!」
 カチカチとシャープペンシルを鳴らし、彰二を急かせる。
「いーから!早く書けって!!ボード使うの嫌だったら直接このノートに書いてくれてもいいぜ!お前のほうが字、キレイだしな」
「えええええええええ!?そこは自分で書きなよ〜〜〜!!」

 そんな感じで脱線しつつ、鎮守役補佐の個人講義初日は過ぎて行った。