春暁の前に

6話



「先日は望が随分と世話になったようだね。
礼を言わせてもらうよ」
 屋敷の離れの一室。
向かい合って座るなり、宗則は深々と頭を下げた。
「あ、いや、その……、オレ、そんな大したことやってないし……」
 祖父と同じくらいの年齢の神主から頭を下げられて慌てたのは一真だった。
 伝令役は組長の参謀的な立場だが、宗則は先代の鎮守役主座で、他の組や霊山、霊獣の里にも顔が広い。組長とはいえ、まだまだ経験も浅い望は逆らえないらしい。
 つまり、この西組の事実上のトップが宗則ということになる、というのは、さっき優音がボソッと伝えてくれた情報だった。
「鏡面ってヤツを倒したのだって、先パ……じゃなくて、の、望さんだし……。オレ、最後は気絶しちまって……。そんな改まってお礼言われるようなこと、何にも……」
 頭の中の敬語の知識を総動員するが、すぐに諦める。受験勉強で知識はあっても使いこなすのは別の問題だ。
(なんで、いきなり先輩のじいちゃんが出てくるんだよ……)
 望から、彼の祖父が元鎮守役だということは聞いていたから、現在も関わっていてもおかしくはないことはわかっていた。
 わかってはいたが、まさか、修業初日に向こうからやってきて、「二人で話がしたい」などと、とんでもないことを言い出すなんて――。

「そう謙遜するものではないよ。望から報告は受けている。妹さんにとり憑いていた邪は鎮守役を襲って回っていた凶悪な奴でね。あの子一人では荷が重かっただろう。君は覚えていないようだが、随分と助けられたそうだ」
「そ、そうなんスか……?」
 望本人もそう言っていたが、肝心なところが記憶から飛んでいるので、礼を言われてもしっくりこない。だが、鏡面を倒したのは望で、一真ではない。それは確かなはずだ。
 宗則は温和な笑みを浮かべた。笑うと、どこか望と似ている。
「若い頃、君のおじいさんには世話になったが……。あれから何十年も経って、孫の君が望を助けてくれるとはねぇ……。巡り合わせを嬉しく思うよ」
「は、はあ……」
 そういえば、前に望が、祖父と宗則はライバルだったとか、言っていた気がする。
 あまり深く考えていなかったが、鎮守隊で一緒に戦っていたということは、かなり親しかったということだろうか。
(世話になったっていっても、あのジイちゃんだからな……。ジイちゃんが世話になった回数のほうが圧倒的に多かったんだろな……)
 一真が物心ついた時から、伸真は包丁研ぎばかりやっているマッチョなジジイだった。
 若い頃がどうのと言われても、どんな青春を送ったのか想像もつかない。マッチョな生活破綻手前ジジイと、物腰の穏やかな神主では、どうしてもイメージが偏ってしまう。

 複雑な一真の内面を知る由もなく、宗則は懐かしそうな顔をした。
「伸真は先代主座……、現在からみれば、先々代主座になるか……。彼から次期西組主座の第一候補に推されていた優秀な鎮守役だったが……、家業を継ぐことになって引退してしまってね……。あいつが引退したおかげで、第二候補だった私が主座になったんだよ」
「はああ!?ジイちゃんが!?」
 一真は思わず声を上げた。
 伸真によると、「鎮守役主座」というのは各組の鎮守役のトップで、組の「顔」のような存在らしい。
   現衆を束ねている霊山が、ある組について評する場合、組を束ねる組長ではなく、その組の鎮守役主座を見て評価を決めるというから、その責任は重大だ。
 戦闘力だけでなく、隊員からの人望、知力、果ては礼儀作法も身につけていなければならず、その発言力は組長よりも上だという。祖父曰く、当代の望は、理想的な主座らしい。
 それだけに一真の衝撃は大きかった。
「あの生活破綻のジイちゃんが鎮守役主座!?な、なんであんなのが第一候補!?先々代のヤツ、見る目ないんじゃねーか!?……って、すんません……」
「いやいや、なんというか……、そういうところは伸真と通じるものがあるよ。君から見れば、生活破綻寸前のダメなジイさんかもしれんが、あれでかなり人望があったんだよ」
「そ、そうなんスか……?」
 宗則から見ても祖父は生活破綻寸前らしい。伸真の現状を把握しているということは、今も交流があるに違いない。
 望が普通に店に来るくらいだ。
覚醒していなかった一真達の手前、密かに連絡を取り合っていたのだろう。
「でも、ジイちゃんはオレが鎮守役やりたいって言ったら、理由つけて許可してくれなかったけど……」
「いろいろと思うところがあるのだろう。なにせ、あいつ自身が鎮守役になるのを親に猛反対されてねぇ……。親父さんが頑固な人だったんだが、伸真もああいう性格だろう?大喧嘩の末に親父さんを殴って身一つで家を飛び出して……」
「えぇええぇ!?」
 いかにもな青春の一ページである。あのごつい拳で殴られた曾爺さんは無事だったのだろうか。
「帰れんし、行く当てもないからと、夜中にうちに転がり込んできてねぇ……。暫く、ここに居候していたんだよ」
「……スンマセン……。うちのジイちゃんが血迷った末に迷惑を……」
 青春の暴走をした挙句、同じ町内の友人の家に家出……。
(知り合いとか、そーいうレベルじゃねェじゃねーか……!神社来る前に教えといてくれよ、ジイちゃん……!)
 まさか、そこまでがっつり世話になっていたとは。
 宗則はカラカラと笑った。
「ははは、とんでもない!私とあいつは霊筋が近くてね。互いに友人というより兄弟のような感覚でいたから、むしろ歓迎したよ。幸い、この神社は空き部屋が沢山あるからね。二人でよく無茶をやっては周りを心配させたが、毎日楽しかった。だけど、親父さんが体を壊して、あいつもついに観念して家業を継ぐことに……、と、すまないね。年寄りの昔話など、退屈だっただろう?」
「あ、いえ。なんか、ジイちゃんらしい過去だなって……」
 とりあえず、葉守神社に足を向けて眠れないのだけはよくわかった。
 ふと、宗則は真顔になった。
「一真君はどうするんだい?」
「え?」
「鎮守役の推薦だよ。望は君のことを気に入っているようでね。先ほどの壬生君との手合せを少し見学させてもらったが……」
「み、見てたんスか!?」
「結界の中から君の霊気が漏れてきていたから、気になってね……。望から聞いてはいたが、報告以上だった。私としては、補佐の修業など飛ばして、すぐにでも鎮守役として入隊してほしいくらいだよ」
「ホントっスか!?」
 宗則は笑顔で頷いた。
「君が推薦を受けてくれると嬉しいが……、君の家は代々続く霊刀鍛冶師の名門だ。この西組は厳しい状況だが、霊刀鍛冶師も腕のいい鍛冶師となると少なくてねぇ。伸真と弟子達が昼夜を問わず鍛えても、増え続ける注文に追いついていないと聞いている。組の事情に左右されず、よく考えて決めてくれるといい」
 一真は少し考えた。
「たぶん、オレは家業継がないと思います。ジイちゃんもそう言ってたし……」
「そうなのかい?」
「オレ、属性が木だから。霊刀を鍛えるには属性は金のほうがいいみたいだし、木って金に弱いから、強い金の気に触れ続ける霊刀鍛冶は厳しいだろうって……。妹も金属性だし、ジイちゃんが言うには、父さんも母さんも金属性で、霊刀打ってる鍛冶場に腕利きの弟子もいるらしいから跡取りは心配いらないって……。だから、家のこと気にしないで好きなようにやっていいって言ってくれてるから……」
「そうか、伸真がねぇ……」
 宗則は目を閉じ、何度か頷いた。
「ジイちゃんには悪いけど、ほっとしたっていうか……。オレ、大雑把だし、部屋に籠ってコツコツ刀鍛えるなんて無理だろーし……」
 実際に見たほうが早いだろうと、立ち入り禁止だった作業場に入れもてもらい、伸真が作業するところを見学した。とにかく細かい調整が何度も必要で、とてもではないが一真には務まりそうもなかった。

「……恐らく、属性の問題だけではないよ。君のその並はずれた力は、一介の鍛冶師に留まるものではない……。伸真もそう思うからこそ、送り出す決意をしたのだろうな……」
「え?」
「私としては、君のような格の高い隠人に参加してもらえると有難いよ。どうしても伸真が許可しないというならば相談してくれるといい。私から話をしよう」
「えっ!?説得してくれるんスか!?」
 強力な味方の出現に、一真は両手を握りしめた。

「ああ。
それともう一つ――、個人的に話があるのだが……」