春暁の前に

3話



(木と水の霊気が急激に強まってく……)
 久しぶりに自室の布団に横になっていた望はぼんやりと瞼を上げた。
「この霊気は……一真君と……壬生君……?」
 すぐ傍――、神社の敷地内で二人が不穏な霊気を立ち上らせている。
付近に邪気はない。
 二人が向き合っている所から五十メートルと離れていない場所には三つの霊気が穏やかに揺れている。霊気の流れから、同じ建物内だろう。
 水の気が二人の周りを囲んでいるということは、優音が結界を張っているのだろう。
 それでも漏れてくるということは、双方の霊気が結界の強度を上回っているということだ。
(……結界張って二人で手合せしてるってこと……?)
 そもそも、どうして一真が神社に来ているのだろう。
 現衆の修業に参加すると神社に連絡が来たが、聞いていた日付は明日ではなかっただろうか。
(あれ……?今日って何日だっけ??)
 昼も夜もなく走り回っていたので、望の中では日付も曜日もごちゃごちゃになっている。
 今朝、鏡面と戦った日から三日しか経っていないと聞いたような気がする。一真達が神社に来る日も、それくらいだったはずだ。
 緊急性は低いようなので、横になったまま壁のカレンダーを見上げる。
 留守中に姉が書き込んでくれた予定の中に、「斎木兄妹殿、北嶺(姉)殿、修業開始」とある。
その前日までは斜線が引かれている。
(そうか……。一真君達の修業日、今日だっけ……)
 薄暗かった部屋にカーテンでは遮断しきれない春の陽が揺れている。
 春の光に望は目を細めた。
 陽の光に浄化の気が満ちた、いい日だ。
 こんな日は邪の出現率が格段に低い。
 ゆっくり安眠できたのは、そのおかげだろう。
 ただ、こんな日は陽の光が弱くなる夕方以降は忙しくなる。光を嫌って隠れていた邪が一斉に動き始めるのだ。
「初日にさっそく仕掛けたか……。壬生君、意外とせっかちだなあ……」
 大体の事情を察し、大きく伸びをした。
 優音が突っかかることは、ある程度、予想していた。
 鏡面との戦いを終え、今回の鎮守役推薦の話をしたら、二人の補佐頭は揃って腑に落ちない表情で唸った。
 鏡面との共闘や望と拳を交えたことをかいつまんで話しても、表情は動かなかった。
 無理もない。
 これまで共に戦っていた補佐からの昇進ではなく、一真は完全な一般人。
 初級講座すら終えていない覚醒したばかりの隠人、それも四年も町を離れていた。
 町内を離れたことのない者が大半の補佐達にとっては「余所者」に限りなく近く、「匠の孫」という肩書で素性を察する程度だ。
 彼らからみれば、「祖父の七光り」
で入ってきた高校一年生が、いきなり自分達の指揮を執るなど、納得できるはずがないだろう。
 あの時は、「組長がそこまで推すなら……」
と渋々頷いて退いてくれたが、それで終わるはずがないとは思っていた。
 優音のことだ。「入隊テスト」とでも言って、神社にやってきた一真を結界内に誘ったのだろう。
(……まあ、いいか……)
 意識を飛ばし、周囲の邪気を探る。
 巡察に出ている補佐の霊気も穏やかだ。
 暫くの間、補佐頭が「試験官」を務めていても問題はないだろう。
 瞼を下ろし、寝返りを打った。
 手合せしているのが剛士と一真ならば止めに入るところだが、戦っているのは優音だ。
 引き際を忘れて熱くなることはないだろう。
 一真も、ああ見えて戦っている最中でも意外と冷静だ。
 この二人がぶつかって、双方が重傷を負う可能性は低い。
(壬生君は強いですよ、一真君……。沖野君の先生なんだから……)
 一真は霊符の使い方も防ぎ方もよく知らない。
 片や、優音は西組、いや、武蔵国現衆の補佐では一、二を争う霊符の使い手だ。
 覚醒して三日やそこらの一真ではまず勝ち目なはいだろう。
 彼が普通の隠人だったならば、の話だが――。
 ――ビックリするだろうな……

 再び眠りに落ちた望の寝顔は楽しげに笑っていた。