春宵の邂逅

31話



鏡を貼りつけたような不気味な面を被った詩織。
卒倒しそうなほど顔面蒼白で左肩を押さえている望。
橋の上は異様な空気に支配されていた。
「いいか?詩織……」
一真はズカズカと歩を進めた。
「確かに、その人、高校生とは思えんほど細いし、声高いし、男か女かわからねェようなツラしてるけどな……!そんなでも、お前より五コも年上なんだぞ!?だいたい、そんだけ近くで顔見りゃ中坊より老けてるって、わかるだろ!?それを……、こんな時間にパジャマで顔近づけるだと……!?仮面つけてようが、キスはキスだ!兄として、お前の恋愛は祝福してやりたいが、この不健全な急展開を見過ごすわけには……」
ズシャあッ
真面目な説教中だというのに、望が音を立ててコケた。
「か、一真君……」
「んだよ、先輩。今、大事な話してんだ。苦情は後でオレに言ってくれ!詩織にはオレからよく言っとく!!」
頭痛でもするのか、望は額を押さえながら起き上がった。
「……あ〜〜、えっと……。とにかく、その発想を横に置いて、状況をよーーく見てくれる……?」
「状況?」
カラン、
乾いた音に目をやる。
歪な形の刀がカラコロと橋の上を転がった。
「詩織……?その手……」
妹の左手についているものは人間のものではなかった。
人の指はなく、鉤爪を変形させたようなものをそのままくっつけたようだ。
ビキ、
軽く振られた左手から鉄を折り曲げたような音がした。
飴のように溶けていた爪はナイフのように太く鋭くなっていく。
「あの手、どうなって……」
「大丈夫。妹さんの肉体には影響ありません」
左肩を押さえ、望は立ち上がった。
「あれは妹さんの肉体を軸に自分の邪力を放出しているだけ……。巣食っている邪物の本体が現に姿を現しているんです。邪物を引き剥がせば、元に戻りますよ……」
「ちょ、どうしたんだよ、その肩!悪化してるどころじゃねェって!!」
詩織ばかり見ていて気づかなかったが、左肩が真っ赤に染まっていく。
望は青ざめた顔で僅かに笑った。
「少し不覚を取っただけです。よくあることだから、気にしないで」
「そういう問題じゃねェだろ!?」
詩織が含み笑いを漏らした。
「この声と霊気……、この娘の記憶に在るものと同じ……。そなただったか……」
「……なんか、声変わったな……。さっきは、ドス効いてなかったか?」
詩織の部屋で聞いた濁声からは想像がつかないような澄んだ女の声に眉を顰める。
「あれが、鏡面本来の声です」
「鏡面?あいつ、名前なんてあったのか?」
「鎮守狩りの鏡面……。理由は分からないけれど、鎮守役を集中して狙う邪物です」
「鎮守役狙うって……、よっぽど自信あるんだな……」
「奴が狙うのは鎮守役だけだから、下がって……。一真君!?何やってるの!?下がってください!」
望の制止を無視して進み出る。
止めたいのならば、力づくで止めに来ればいい。
動けるならばそうするだろう。
「よお、のっぺらぼう。さっきは、やってくれたじゃねェか」
面が一真を映した。
「……そなた、鎮守か?」
「違う!その人は……」
「悪い、黙っててくれ、先輩……」
一真は面を睨み付けた。
あの望が苦戦を強いられているのだ。
よほどの強敵なのだろう。
ならば、自分ができることは……。
「おうよ、仮入隊の鎮守役だ」
「そなたの霊力……、随分と色を変えておる……。そこの鎮守と同じ、貴き狼の匂いがするのう……」
「へ、目も鼻もねェのに、色とか匂い、ホントにわかってんのかよ?それで?オレも狩るのか?」
のっぺらぼうがニタリと笑った気がした。
「その気性、まさしく純粋な狼よ……。そなたの霊筋……、試してくれよう!」
「試すだあ?意味不明なこと言ってんじゃねェよ、のっぺらぼう!」
「一真君!!」
咎めるような声が合図となった。
鏡面が瞬く間に接近する。

ゴッ

風をまとわりつかせた拳で右の刃の軌道を逸らせ、半歩下がる。
――体が軽い……!
体重を忘れてしまったように体が思い通りに動く。

ドガッ

続けざまに放った蹴りが鏡面の右腕に直撃する。
手ごたえはあった。
鏡面はグラリとよろめき――、
「なにぃっ!?」
瞬時に体勢を立て直した鏡面の左手が薙いだ。

シャッ

鉤爪が赤く染まった。
「チ……」
咄嗟に身を捻ったが、掠ったようだ。
ズボンに三本の裂け目ができ、血が滲む。
空気が動いた。
刃を構え、鏡面が突っ込んでくる。
「んのヤロ……」
拳に風を集め、躊躇う。
(腕と仮面以外に当たったら……)
詩織に怪我をさせてしまうのでは――?
眼前に迫った鏡面を赤い光が遮った。
「先輩……」
「突っ込むなって言ったでしょう……!」
刃を止め、望は苦しげに呟いた。