春宵の邂逅

29話



黄の光が散った後には同じ景色が広がっていた。
「……誰もいねェ……」
川の上から橋、川原と見渡し、一真は呟いた。
「いますよ」
琥珀の瞳が橋を睨んだ。
「感覚を澄ましてください。金の霊気を感じるんです」
「んなこと言ったって……」
「……肉体の目じゃなくて、霊体の目で視るんです」
「う……」
――余計にわからん……
望は暫し考え込んだ。
「……風を感じるのと同じです。混ざっている霊的なモノを感じ取って、追っていくんです。無理なら引っ込んでてくださ……」
「やってみる!!」
いくらなんでも、この状況で鎮守様の機嫌を損ねるわけにはいかない。
慌てて眼を閉じ、呼吸を整える。
(風……、風の音と同じだから……)
とりあえず、聴こえている風音を頼りに近い音を探してみる。
「な、なんだ!?」
真っ暗な視界が一変し、思わず眼を開ける。
それまでと変わらない夜の川原が広がる。
もう一度、と眼を閉じた。
「これ……」
瞼の裏、というよりは脳裏に広がったのは同じ夜の川原だ。
ただし、全てがほんやりと光を発している。
川原の砂利、橋、川面、土手の雑草、全ての光で夜とは思えない明るさだ。
「す、すげェ!なんだよ、これ!!」
「霊体の眼を通して視た世界ですよ。夜でも昼間と変わらないでしょう?」
「あ、ああ」
「そのまま、眼を開けてください。慣れてきたら簡単に切り替えられるようになります」
眼を開けても、世界は明るいままだった。
「金の気は見つかりましたか?」
「ま、待ってくれ!」
慌てて周りを見渡した。
うっすらと黄色い砂利、青が流れていく川、白く光る橋、緑色の光が揺れる土手――、全てが光っていてよくわからない。
一真はもう一度、眼を閉じた。
映像を視ないように耳に集中する。
(なんか変な音が鳴ってる……?)
轟々と唸る風の中に高い音が混じっている。

ギィイ―――――ンン……

トライアングルの音色が濁ったような高音はすぐ近くから聴こえる。
音は話をしているようにも聴こえる。

‘お兄ちゃん……’

(詩織!?)
反射的に眼を開ける。
橋の真下に白い影が佇んでいた。
「詩織!!」
慌てて駆け寄ろうとする横を熱が掠めて通り過ぎた。
バシュッ
赤い光が一閃し、白い影が霧散した。
「囮ですよ。霊気を見つけるなり幻術に引っかからないでください」
「う……。んなこと言ったって見分けつかねェよ……」
確かに、詩織より数段ほど不細工だった気がするが。
(本物より目つきが悪いとか、太ってるとか、そーいうので見分けろってことか……?)
できないことはないだろうが、そういう見分け方はできればやりたくない。
「本体は、もっと実体があります。人間が巣食われているんだから」
「そ、そっか。そーいえばそうだよな……」
望は切っ先を川につけた。

ボワッ

火がついたように川面が赤く染まる。
「な、なんだ!?」
「僕の霊気で幕を張っただけです。水の中に潜めないように」
言い終わるが早いか、望は上空に向けて刀を薙いだ。

ボッ

白い光を放っていた橋に赤い閃光が炸裂した。
熱されたように橋の一部が赤く光る。
「……かわしたか。素早いな……」
橋を睨む目が細められた。
獲物を狙う獣のような鋭い眼差しにスウッと背筋が冷える。
「せ、先輩?あんま過激なことしねェでくれよ?」
横で刀を振り回しているのは、これまでも邪を倒してきた鎮守様だ。
弱っていようが、左肩に裂傷があろうが、異常に強いことは身をもって知ったばかり。
大丈夫だと信じているが――!
琥珀の瞳が少し笑った。
「大丈夫。逃がしませんから」
「それはわかってる!オレが言ってるのは、そっちじゃなくて……」
「ついてこれなかったら無理しなくていいですよ」
意味を理解するより前に望は軽く片足を上げた。

タンッ

ステップを踏んだような軽い音と共に川面に波紋が広がった。
「なっ!?」
数メートルの距離を軽々と飛び越え、望は橋の上へと消えた。
「ちょ、ちょっと待ってくれよ!オレも……!」
望がやっていたように川面を蹴ってみる。
ドッ
ドンッ
ドガッ
バシャッ
気合を入れて川面を蹴飛ばすと、足が水面にのめり込んだ。
「くっ!つあ!とうっ!」
何度川面を蹴ってみても、普通の垂直跳びにしかならない。
「…………………………………難しいじゃねェか……」
水の上に立てるようになるのと、水面を蹴って数メートルジャンプするのとは難易度がかなり違うらしい。

「ちっくしょおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」

これ以上やっても無駄だろう。
一真は方向転換した。
(今、行くからな!詩織!)
橋の上に行くには土手を上り、道路から入るしかない。