春宵の邂逅

23話



「これは……!」
川原に着くなり彰二は立ち尽くした。
「結界が二重になってる……!」
空中に伸ばした手にバチバチと静電気のような光が弾ける。
「ど、どういうこと……?」
「包囲網に使う結界の外側に、強力な結界が張られてるんだ……。
こんなの張れるのは組長しかいない……」
「入れる……?」
「ちょっと待ってて」
彰二は何もない宙に手を翳し、何やら口の中で唱え始めた。
手の平で赤い火花が弾けた。
「アチっ」
「だ、大丈夫!?」
涙目で頷き、彰二はブレスレットから符を取り出した。
「組長が結界を閉ざしてる……。僕の力じゃ開けられないや……」
人を探しているのか、きょろきょろと川原を見回し、彰二は肩を落とした。
「はぁ……。ついてないなぁ……。北嶺さんは持久走、得意?」
「走るのはあんまり……。あ、自転車ならちょっと自信あるよ?」
「じゃ、自転車持ってきて。
五色橋で待ってるから」
「何するの?」
「こーなったら手分けして町内を探し回るしかないよ……。斎木君、町にいてくれたらいいんだけど……。勢いで隣町どころか市内まで行ってそうだからなぁ……。他の隊に襲いかかってなきゃいいけど……」
「ど、どうしよう、そんなことしたら補導されちゃう!」
「補導のほうがまだいいよ。鎮守隊に怪我人が出たりとか、強力な邪にとり憑かれるほうが怖いって……。お守り持ってないから、何が起きてもおかしくないし……」
「そ、そんなっ!」
二人の脳裏に展開されたのは、奇しくも同じ映像だった。
邪にとり憑かれ、暴れ狂う一真の周りに折り重なるように倒れる罪のない鎮守隊の面々。
そこに、付近の住民の通報によりサイレンを鳴らしながら駆けつけるパトカーと、取り押さえようとして殴り倒される警察官の姿が加わった。
ついには機動隊が出動して――!
「さ、サイアクだ……。サイアクすぎる……!」
「い、嫌……!そんなことになったら、私……、詩織ちゃんに何て言えばいいの!?そこまでやっちゃったら、お父さんに職権乱用してもらっても、庇いきれないよぉ……!!」
「何言ってるの、北嶺さん!斎木君が道を踏み外す前に止めなくちゃ!!」
「う、うん!そうだよね!!」
真っ青になって駆け出した。
「自転車持ってくる!五色橋だよね!」
「僕は他の隊に連絡入れてみるから!!」



ジャッ

小石を蹴り、先に動いたのは一真だった。
――力押しよりも技でくるタイプってとこか……?
望の外観から、そう分析する。
体格は彰二よりも更に小柄。
着替えを見た限り、筋肉は無駄なくついているが、腕は一真より細い。
腕力だけならば、圧倒的にこちらが有利だろう。
怪我の治り具合は不明だが、素手での勝負を挑んでくるほどには回復しているということだ。
(殴り合いならともかく、あの符を使われたら厄介だな……)
ならば――。
「一撃で決めてやる!」
一気に加速して利き腕を思い切り突き出す。
望は――、佇んだまま避けようともしない。

バシイッ

「なにぃ!?」
一真は眼をむいた。
渾身の力で繰り出した拳は、軽く前に出した望の手の平に受け止められていた。
いや、それどころか――、
「く、うう、う……」
全力で押してもビクともしない。
腕が震え、踏みしめた脚が小石に埋もれていく。
「……一時的な霊力の発現まではできるみたいですね。これくらい霊力が乗っていれば、補佐レベルじゃ相手にならないかな……」
淡々とした感想に目をやれば、望は世間話をしている時と変わらない涼しい顔をしていた。
「沖野君が突破されるはずですよ。一人で足止めなんて、可愛そうなことしちゃったなあ。でも、」
望は手の平を軽く払った。
「うわっ!?」
大して力を入れたようでもなかったのに、単車に引っ張られたような衝撃だ。
(な、なんだ!?術でも使ったのか??)
符は使っていない。
拳を受け止めた右手を横に振り払った――、この近距離で目にしたのは、それだけだ。
赤い瞳が笑った。
「霊力を少し乗せたくらいじゃ、僕は倒せませんよ」
左手が軽く一真の胸を押した。
「ぐお!?」
足が地を離れ、体が浮き上がった。
みるみる望が遠ざかっていく。
離れて行っているのが自分で、吹き飛ばされたのだと遅れて気付く。
「くっうおおおおおおおおおおおおおおおおっ」
体勢を立て直し、必死に足をつけて踏ん張る。
スニーカーが砂利と土を削った。

バッシャアアア

盛大に水しぶきが上がった。
水がクッションになったが、川底に思い切り尻をぶつける。
水は膝くらい。
岸から三メートルほどの距離だ。
川原からの距離を入れると十メートル近く押し出されたことになる。
「ま、マジかよ……」
髪から滴る水滴が目に入り、視界がぼやける。
いくらか飲んでしまった川の水で気持ち悪い。
「ッ!」
慌てて立ち上がり、身構えた。

ガッ

突っ込んできた望の拳を間一髪ガードする。
止めた腕がズキリと痛んだ。
「よく止めましたね……。やったと思ったんだけどな……」
「……言うだけあって、つ、強ェじゃねーか……」
琥珀の瞳がスウッと細められた。
「このくらい、一真君ならすぐにできるようになりますよ。覚醒がもう少し早ければ、参加させてあげられたんだけど……。今回は大人しくしててください」
拳が引いたのと、望が一瞬身をかがめたのは同時だった。

――ヤベェ!

頭のどこかで警鐘が鳴り響いた。

ゴッ

蹴りが顔面を襲った。
咄嗟に腕で顔を庇い直撃は免れたものの、踏ん張りきれず、川の中ほどまで吹き飛ばされる。
受け身などとれるはずもなく、盛大に鼻と口から水が浸入した。
「げほ、げほ、げほぉっ」
太腿まで水に浸かり、咳き込む。
(つ、強ェ……!勝てる気がしねェのなんて、初めてだぜ……)
ガードした腕は痺れている。
胸のあたりが痛いのは、さっきの掌底がまだ効いているのだろう。
(……なんて化け物だよ……)
穏やかな笑みを浮かべていた望と、今、戦っている望は本当に同一人物なのだろうか? そんな疑問すら過る。

ト、トン、

足音に目をやれば、赤い光に包まれた望が川面を歩いてくる音だった。
(あの時の足音って……、川の上歩いてる音だったんだな……)
この状況で全く役に立たないことを考える。
圧倒的すぎる相手に思考が現実から逃避しているのかもしれない。
「まだ続けますか?」
見下ろしてくる琥珀の瞳が冷たく光った。
小柄な望が大きく見えるのは、彼が水面に立っているからだけではないだろう。
「へ……、」
口元を拭った。
(悪い、詩織……。お前が大変な時に……)
湧き上がる昂揚感を押さえつける。
妹の危機だというのに、勝機など全く見いだせないというのに――、どうして、こんなに楽しいのだろう――?
「当ったり前だ!」
足の筋力だけで川底を蹴り、右の拳を繰り出す。
「っ!」
望は後ろに下がり顔をしかめた。
拳には微かな手ごたえがあった。
(当たった?ウソだろ??)
威嚇のつもりで放った一撃だった。
掠るはずがないと思っていたのに。
よほど意表を突かれたのか、望は当たったらしい左腕を軽く抑えた。
「今のを食らうなんてな。油断してたのかよ?」
「……ええ」
輪郭を縁取る赤が濃くなった。
「どうやら、本気でやったほうがよさそうですね」
「なっ」
さすがに絶句する。

――じゃあ、今までのは何だったんだ!?