春宵の邂逅

11話



「あのさ、先輩……」
「なんです?」
「前に、詩織の覚醒が近いかもしれないって言ったよな?」
「ええ。妹さんに会ったら、はっきりわかりますけど……」
「覚醒したら、その、現衆に参加しなきゃいけなかったりするのか……?」
望はカラカラと笑った。
「まさか。現衆は自由参加ですよ。それでも参加者が多いのは、邪と戦う『鎮守隊』は一握りで、ほとんどは会員みたいなものだからです。現衆に入っていると、情報のネットワークもあるし、何か起きたらすぐに相談できたりして便利なんですよ。ただ、覚醒して、隠人の証の『霊紋』が出たら、一時的に現衆に入って簡単な修業をしてもらわないといけませんけど」
「修業?」
「霊紋が開いたら、急激に霊力が強まるんです。その時に肉体と霊体が不安定になるから、両方を安定させるための修業をね。よっぽど才能があるようなら、鎮守に参加してもらえないか頼むこともありますけど、強制じゃありません」
「そんな適性のある人、滅多に出てこないですけどね」と笑う顔に疲労が滲んだ。
(そーだろな……)
だからこそ、目の前にいる鎮守様は連日の出動でオーバーワーク状態なのだ。
「鎮守って、覚醒してねーと参加できねェの?」
琥珀の瞳がキョトンと丸くなった。
「一真君、参加したいの?」
「そーいうわけじゃねーけど……。オレ、喧嘩は自信あるし、中学で空手とか剣道やってたから……」
「有難うございます。でも、気持ちだけで十分ですよ」
笑みを浮かべた顔は穏やかだが、どこか冷たい感じがした。
「一真君は、まだ覚醒どころか兆も出ていません。隠人の可能性があるからって気負うことないですよ。どうしてもっていうなら、こうやって落ち着いて手当てできる場所を貸してもらえるだけでも十分助かりますから」
穏やかな口調の中に壁を挟んでいるような距離を感じる。
言外に「資格がない」とはっきりと断られているのがわかった。
だからといって、一真はそれで引き下がる性格ではなかった。
きっと、世話好きだった祖母に似たのだろう。
「先輩、今日も巡察なのか?」
「一応。僕は出番ができるまで待機ですけど……何やってるの?」
何事かと驚く望をそっちのけで押入れから引っ張り出した布団を主婦顔負けの動きで敷いていく。
「マジでヤバそうだから昼寝してったらいいんじゃねーかなって。どうせ、この部屋空いてるんだし……」
「え、大丈夫ですよ!すぐに帰りますから」
「そんな顔色悪いのに何言ってんだよ。徹夜明けみてーなクマできてるし……。出番があったら、うちに連絡もらえばいいじゃん」
「でも……」
「それに、ジイちゃんがいたら、たぶん、こーすると思うんだよな……。『怪我人は黙って寝とくもんじゃ』とか言ってさ」
祖父の口真似をすると、望は膝を叩いて笑った。
「似てる!言いそうですね!」
「だろ?」
望は立ち上がり、自らも押入れから掛布団を取り出した。
「じゃあ、お言葉に甘えて少しだけ横にならせてもらおうかな……。六時半になったら、声をかけてもらっていい?」
「おお、こないだ、ここの布団も日干しにして布団クリーナーかけたから、たぶんいい感じだぜ!せっかくだから、また湿る前に使ってほしいけど、泊まりの客なんて滅多に来ねェんだよな」
「これ、一真君が干したの?」
「おうよ。この家の布団と座布団、全部日干しにしてやったぜ!布団クリーナーは買ったとこだから、まだ全部かけてねーけど」
心の底から驚いたように望は布団と一真を見比べた。
「へえぇ、ちゃんとしてるんだなぁ。万年床タイプだと思った」
「親が家空けること多かったからさ。いろいろできるようになったんだ。こっち戻ってきてから、急激にレベルアップしてるけどな……。うちのジイちゃん、アレだから……」
「……噂は祖父から聞いてるけど、身内から聞くと凄く説得力あるなあ……」
「悪いことばっかでもねェけどな。放任主義っつーか、オレ達のやりたいようにやらせてくれるし」
一真は枕を渡し、立ち上がった。
「神社に電話しとくけど……」
「大丈夫。自分でやります」
「携帯繋がりにくかったら、突き当りの電話使っていいぜ」
「ありがとう」
「じゃ、六時半に声かけるから」

襖を閉め、居住区へ向かいながら一真は息を吐いた。
(キツイんだな……。鎮守様って……)
川原の光景が浮かんだ。
あの襲いかかる黒い手が「邪」だというなら、望は毎日のように、あの化け物のようなものと戦っているということになる。
あの時、刀を持っていた少年だって生きているというが、望のようにボロボロになっているのかもしれない。
(オレじゃ、たぶん何にもできねーんだよな……)
拳を握りしめる。
いくらケンカに強いといっても、あの黒い手には通じないのだろう。
覚醒しない限り、彼らからすれば一般人なのだ。
(何、考えてるんだろな……)
当の鎮守様本人に断られたのだ。
理由だって仕方のないものだ。

だが、自分を納得させようとしても、心の中に黒いもやもやがずっとわだかまっていた。