春宵の邂逅

10話



「ん?」
シャッターを下ろそうと外に出た一真は、通りを挟んで向かいの公園に目を留めた。
外れにある為か、普段あまり人がいないベンチで誰かが座り込んでいる。
「大丈夫か?って、先輩?」
俯き、肩を押さえていた人物が驚いたように顔を上げた。
「一真君!?あ、あれ?」
きょろきょろと慌てたように周囲を見回し、望は顔を引きつらせた。
青白い頬が更に血の気を失くした。
「何やってんだよ?こんなとこで……」
「あ……、さ、散歩です」
「……先輩、嘘ヘタだな……」
「え……?」
ギクリとした表情で望は固まった。
顔は蒼白で額にびっしりと汗が浮かんでいる。
「貧血だろ?」
「へ?」
「詩織……、妹がさ、よく貧血起こして倒れるんだよ。ちょうど蒼い顔してて、今の先輩みてーな感じでさ……」
望は何故かほっとしたような顔で立ち上がった。
「あはは、僕もよく起こすんですよ。もう治まりましたから」
「!?ちょっと待てよ!!」
咄嗟に腕を掴んだ。
「痛っ!?」
望は肩を押さえて蹲った。
慌てて手を離す。
「その肩、どうしたんだよ!?」
「え?」
「血ィ出てるじゃねーか!」
押さえた手の下――、水色のパーカーの左肩に赤い染みがじわりじわりと広がっていた。


「本当に病院行かなくていいのかよ?」
「大げさだなあ。こういう怪我は慣れてますから大丈夫ですよ」
来客用の和室の一つ。
戸締りを終えて宿泊客用の部屋に戻ってきた一真は、落ち着いた様子の望に胸をなでおろした。
店に戻って救急車を呼ぼうとする一真を鬼気迫る形相で止めた望は救急箱を貸すと自分で手当てを始めた。
店を閉めて戻ってきた時には、傷口に大きな絆創膏を貼るところだったので、一真が手伝うようなことはほとんどなかった。
「包帯あるけど……」
「もらってもいい?」
さらさらと包帯を巻き終え、肩と血が付いたパーカーを見比べている一真に気づき苦笑した。
「ビックリさせたみたいですね……。邪と戦うと、こういう怪我が多いんです。見つけてくれたのが一真君じゃなかったら、大騒ぎになってたかもしれないなあ……」
笑っているが、青ざめた顔は変わらない。
「病院行ったらマズイ事とかあるのか?やっぱ……」
「風邪とかなら普通の病院でも大丈夫だけど、こういった怪我は僕達の事情を知ってる先生がいる所じゃないと、騒ぎになってしまいますから。普通の生活送ってたら、こんな怪我しないでしょう?」
確かに、肩の怪我はナイフのような鋭いモノに抉られたような裂傷だった。
あんな怪我を見せようものなら、即通報されるだろう。
「先輩さあ、体弱いって噂みたいだぜ?さっきみたいなの、しょっちゅうなのか?」
「噂になってるの?困ったなあ……」
一真が貸したトレーナーに袖を通し、望は息を吐いた。
「……最近、少し霊力が落ちてましてね……。怪我の治りが悪いんですよ」
「……どっか悪いのか?」
「たぶん、ただの睡眠不足です」
「は?睡眠不足??」
やや拍子抜けする。
顔色が悪いから、どこか具合が悪いのではないかと思っていた。
望は大きなあくびをした。
「隊は夜も昼も巡察してるんですよ。邪は夜のほうが活発に動くから、巻き込む危険も高くて外に出ないでほしいっていうだけです。僕は昼間、高校に通わないといけないから、夜が主なんですけど……。最近、邪が多くてね。春休みっていうのもあって、昼夜の両方で出動してたら眠くて……。いい加減に勉強もしないと、成績が怖いんだけどなあ」
「他にも隊員いるんだったら、先輩が毎回出なくてもいいんじゃ……?」
「隊員は皆、邪を抑えることはできるけど、鎮められる力を持っているの、この町だと僕だけなんですよ。邪を見つけて追い詰めることはできても、鎮められないから、僕が出るしかないんです」
「抑えられるんだったら、他の奴に任せとけば……」
「そんなに長時間抑えられませんよ。わかりやすく言うと……、そうだなあ、マシンガンを乱射してる凶悪犯を丸腰で盾だけ持って取り囲んでるような状況なんですから……。マシンガンじゃなくて大砲とか爆弾クラスの大物だったら盾ごと吹き飛ばされるもの」
「……それ、抑えてるって言うのか?」
「囲まれてる間、邪は逃げられませんから……。早く鎮めないと皆が危険だし、だからって、邪を放っておいたら大変なことになるし……」
「他の奴が危ないのはわかるけどさ、んなことやってたら、先輩がぶっ倒れちまうぜ?」
「そうならないように、時々サボってるんですよ。さっきみたいに」
「……サボってるって……」
公園で座り込んでいる姿は、「サボっている」というよりも、「急な差し込みで立っていられない」ようにしか見えなかったのだが。
「妹さん、あれからどうです?早いうちに一度、会っておきたいんだけど……」
「今日、調子悪いみたいでさ。今朝から寝てんだ」
「風邪?」
「そこまでわかんねェけど……。光咲、あ、友達が診てくれてるんだ」
「そう。じゃあ、また今度にしようかな」

血で汚れた服を片づけながら、望は何事か思案しているようだった。