春宵の邂逅

9話



「あれ?どうしたの、これ……」
光咲が冷蔵庫に貼られたメモを見つけたのは、望が訪ねてきてから三日後だった。
「あ〜〜、こないだ来た客。ジイちゃんに用があったって……」
鎮守様、隠人、邪……、いろいろな事が過ったが、一真は頭の隅に追いやった。
望が言ったことが全て本当ならば、無関係な光咲は聞かないほうがいいだろう。
「帰ってきたら、見せようと思ってさ。聞くこともあるし……」
ファンシーなスイーツを模したマグネットは、昨日、市内のショッピングモールで詩織と光咲が見つけて来たものだ。
「お兄ちゃんも使ってね」と言いながら、大量のマグネットを冷蔵庫に貼り付けていたので、有難く使うことにした。
「伸真おじいさんって、城田先輩と知り合いだったんだ……」
「知ってんのか?」
「……けっこう有名だから」
「へェ。どーいうことで有名なんだ?」
いくらなんでも、鎮守様関係ではないだろうけれど。
光咲が話したのは、やや意外なことだった。
「葉守神社の宮司さんのお孫さんで、神社の見習いやってるんだけど」
(それで神社の住所と名前置いてったのか……)
何故、連絡先が葉守神社なのかと疑問に思っていたが、どうやら本当に住所らしい。
「体が弱いらしいの。中学の時も体育の授業は見学してて、最近は神社の奥の森で座り込んでるところを見た人がいるらしいよ」
「どっか悪いのか?」
「そうでもないみたいなんだけど……。参拝に来た人が見つけて声かけたら、寝てたんだって」
「寝てた?」
「熟睡してて、声かけたら倒れ込んじゃったって。神社のお仕事がそんなに忙しいのかなって……」
「……重症じゃねーか、それ……」
しかし、青白い望の顔を思い出すと、リアルにその姿が浮かんだ。
「他にもいろいろ噂はあるけど……。有名なのが、神社で袴着て見回りしてたら、酔っぱらいに巫女さんと間違われて口説かれて、社の裏の森に引きずり込まれかけたって……」
「急にディープなネタだな、おい……」
「でもね、関戸さんって、いたでしょ?」
「あ〜〜、いたいた。番長だろ?」
一真達よりも学年が三つほど上に関戸剛士という、やたらと喧嘩が強いヤンキーがいた。
髪を金髪に染め、プロレスラーのような筋骨隆々としたガタイに改造した学ラン、そんな風貌で子分を引きつれて歩いていたものだから、誰が言い出したか、ついたあだ名が「番長」だった。
「その番長がね、酔っぱらいを撃退したって」
「……なんでそこで番長が出てくんだ……?」
「悩み事があって神社に相談に行ってたらしいよ」
「あの番長が悩み事で神社に相談なぁ……」
四年前に見かけた感じでは悩み事とは無縁そうだったが。
神頼みしなければならないほど深刻な悩みでもあったのだろうか。
「あ、でも、今は番長も真面目になって、猛勉強して槻宮学園の大学にいるんじゃなかったかな」
「あの番長が?冗談だろ?」
「見たらビックリするよ。髪も真っ黒だし。それより、」
光咲は持参したプリンを冷蔵庫に入れた。
「詩織ちゃんの具合、どう?」
「まだ寝てる……」
昨日の夜、やけに早く寝たと思っていたが、どうやら体調を崩していたらしい。
今朝、部屋から出てこないので呼びに行ったら「眠い」と言って布団から出てこなかった。
こっちに来てからというもの、ドタバタしていたので疲れているのだろうと朝食を作って寝かせておいたのだが、昼を過ぎても起きてこないのだ。
「土曜だし。松本医院、午後はやってねーんだよな。こんなことなら、朝のうちに起こして連れてくんだったぜ……。って、今日はおばさん、病院だっけ?もしかして、午後もやってんのか?」
光咲は暫し考え込んだ。
「午後は……、たぶん休診だと思う。お母さんが呼ばれたの、昨日の夜に入院した患者さんが多いからだし……。松本先生から直接電話かかってきてたから、かなり切迫してるんじゃないかな……」
光咲の母は松本医院で看護師をしていた。
夜間の応援ができる、町内に住んでいる看護師がなかなかいないかららしく、退職した今でも急患が多い日は応援を頼まれる。
刑事の父親は泊まり込みで家に帰ってこない日も多いので、必然的に光咲と若菜の姉妹は二人きりになることが多かった。
「熱は?」
「まだ測ってねェ。寝てるみたいだったからさ……」
ポリポリと鼻の頭を掻く。
部屋に入ろうとしたら、詩織が激しく嫌がった。
いつになくヒステリックな嫌がりようだったので、それ以上入れずに戻ってきてしまった。
「そうなんだ。私、ちょっと様子見てこようか?」
「頼むわ。あいつも春から中学生だし、なんか入りづらくてさ……」
光咲は悪戯っぽく笑った。
「おぉ?一真君らしからぬセリフだぞぉ?」
「そ、そうか?」
「昔だったら、『詩織!熱測れ!!病院行くからな!』って、体温計持って部屋に押しかけてたよ?タンスの中漁って着替え取り出してたし」
「う……、そんなことしてたかも……しれねェけど……」
「してたよ〜〜!若菜に『痴漢兄貴!下着入ってるんだからタンス閉めろ!!』って怒鳴られて、『なんだとおおお!』って本気で怒鳴り合いしてたもん。熱出してる詩織ちゃんがお布団の中でハラハラしてて、どうしようって思ったっけ」
「すまん……、思い出すの、そこらへんでやめてくれ……」
「了解☆」
思い出し笑いで涙が出たのか、光咲は目元を拭った。
「でも、ホントに楽しかったなあ。あの時は何にも知らなかったから……」
「光咲?」
「ううん、なんでもない。詩織ちゃんのことは任せといて」
一真は鍵を手に立ちあがった。
「オレは店閉めてくるかな」
「え?まだ三時だよ?」
「たぶん、客来ねーし……。詩織が寝込んでる時に開けててもしょーがねーだろ?」

もしも具合が悪くなるようなら、光咲に頼んで松本医院にいる彼女の母親に連絡を取ってもらうしかない。
院長自ら応援を頼んでこなければならないほど忙しいのなら、診てもらうのは厳しいと思っておいたほうがいいだろう。
(オレが守ってやらねェと……)
詩織も、光咲も、若菜も。
小さい頃、大人がいない家で四人だけで帰りを待っていた時、男は自分一人だった。

何かあったら、自分が守らなければ――。
そう思ったのは、いくつの時だったか、もう覚えていない。