春宵の邂逅

8話



促されるままに客間に戻る。
向かい合って座ると既視感が襲った。
(前にもこんなこと……、なかったっけか……?)

もっと広い場所で――。
あれはどこだっただろうか――?

「妹さんは?できれば会っておきたいんだけど……」
「今日は友達の家に行ってるんだ……」
今日は光咲の家でクッキー作りを教わるのだと、昼食後、意気揚々と出かけて行った。
この家には年代物のレンジしかないので、帰ってきたら、オーブンレンジがほしいと言い出しそうな気がする。
「そうですか……」
望は缶に口をつけた。
眠気覚ましにと買い込んでおいた缶コーヒーが意外なとことで役に立った。
ただし、望が飲んでいるのは、缶コーヒーとはいっても、詩織のリクエストで買ったカフェオレだが。
「何から話したものかな……。四年前まで町に住んでいたって言ってたけど、鎮守様の話とかは知ってる?」
「ちょっとは」
「ちょっとかあ。どれくらい知ってるかによって、かなり僕の説明も変えなくちゃいけないんだけど……」
「えっと、夜九時過ぎたら蛇が出てきて、そいつを鎮守様が包丁でぶった切るけど、たまに切れ味が鈍って民家の包丁を借りてく話……だよな?」
望が噴き出した。
「え?オレ、真面目に話したんだけど??」
「ご、ごめん!僕が知ってるのより、かなり前衛的になってるって思っただけだから……!それにしても、包丁って!切れなくもないけど、超接近戦になるなぁ……!その上、切れ味鈍って、普通の家の包丁盗ったら、ただの泥棒だし!蛇と戦った包丁なんて、返されたって迷惑なだけだよね〜〜!」
「いやまあ、オレもそんなことに使った包丁なんて返さないでほしいな〜〜、とは思ったけど……」
よほどおかしかったのか、望は腹を抱えてひとしきり笑った。
「と、とりあえず、知っておいてほしいのは、鎮守様と蛇は本当にいるから、この町では夜九時以降は外出を控えてくださいってことだけだから!包丁のくだりは忘れちゃってもいいですよ」
「やっぱ本当にいるのか?」
「ええ。もう少し言えば、『鎮守様』っていうのは神様とか都市伝説の妖怪とかじゃないですよ。蛇……、正確には『邪』なんですけど、それを抑えられる力を持っている人が集まっている集団があって、その中でも邪を鎮める人を鎮守役っていうから、鎮守様っていうだけで……」
「……邪……」
一真の脳裏に広がっていたのは、橋の上から見た黒い手と刀を持った少年だった。
「現衆っていって地域ごとに鎮守役を中心にした実働隊があるんですよ。もちろん、この町にも常駐しています」
「へーー、こんな小さな町に?」
「この町は土地そのものが霊力を帯びていて、町が丸ごとパワースポットみたいになってるんですよ。土地の霊力が強いほど、穢れた邪が引き寄せられてきます。この浅城町で邪が出没する件数は他の地域の五十倍くらいらしいですよ」
「ぅげ」
「時々、邪に出くわして、追いかけていた隊員と鉢合わせになる人もいます。まあ、現代で夜九時までに家に帰ってって言っても難しいんですけどね……」
「そんだけ詳しいってことは、城田さんも関係者なんだよな?」
「ええ。東京一帯を担当する武蔵国現衆。その中の西組に所属しています。この町に常駐しているのは西組の一番隊だから、町内から参加すると自動的に一番隊の所属になります」
「その隊員って、刀持ってたりするのか?」
琥珀の瞳が一瞬だけ細められた。
「刀とは限りませんけど。どうして、一真君がそんなこと知ってるんです?」
「え?」
「……もしかして、もう会いましたか?邪に襲われたとか……」
「会ったっていえば会ったかもしれねーけど……」
「どこで?」
「鎮守様かどうかはわかんねェけど……、一週間くらい前に五色橋の上で……」
「一週間前?何時くらい?」
思い当たることがあったのか、望は俄かに真剣な顔をした。
「夜九時頃だったと思うんだけど……」
「……詳しく聞かせてもらっていい?」
彼なら理解してくれそうな気がして、誰にも言えなかったあの光景を話した。
望は時折、相槌を打ちながら聞いていた。
「そいつ、生きてたらいいんだけどさ……。ヤバそうだったし……。一応、その後も川原に行ってみたけど、何にもなかったし……」
「生きてますよ」
望は確信に満ちた表情で言った。
「心配しなくても簡単に倒されませんよ。隊員は皆、隠人ですから」
「隠人?」
「わかりやすく言えば、超能力者かな?霊感が普通の人よりも強くて、邪を抑えるだけの超能力が使えるって程度の理解でいいですよ。今は複雑なことを言っても理解できないでしょうし。隠人は一般的に体も普通の人より頑丈にできてますから、ちょっと怪我をした程度、平気です。きっと無事でいますよ」
「そっかな……」
ずっと引っかかっていたものがようやく取れた気がした。
「助けに入らなかったからって誰も責めませんよ。初めて邪を目にしたら、普通は本能的な恐怖で声も出せません。危険を知らせてくれただけでも十分です。実際、そのおかげで、ちょっと肩を痛める程度で済んだんだし……」
「え?」
望は意味ありげに笑った。
「それでね、僕がどうしてこの話をしているかっていうと……。隠人は家系で遺伝することが多いんですよ。例えば、僕の家は代々隠人で、祖父も姉も隠人なんです」
「へえ、代々、超能力者なんだ……。てことは、城田さんも?」
「ええ。だけど他人事じゃありませんよ。一真君だって立派な隠人の家系なんですから」
「へ?うちが?冗談だろ?」
「土地の霊力の影響もあって、この浅城町一帯は隠人が多い地域なんですよ。だから、できるだけ邪に出会わないように、仮に隠人として覚醒してしまったとしても、馴染みやすいように、鎮守様の話を子供の頃から聞かせるんです」
「……ちゃんと理由あったんだな。ただの七不思議と思ってた……」
「覚醒しなければ、そういう認識で十分です。隠人と関係のない家では、そう思っている人も多いでしょうし。ただ、隠人が多い浅城町でも、斎木家は指折りの強力な隠人の家系なんです。匠……、一真君のお爺さんだって若い頃は邪と戦ってたって聞いてますし」
「ジイちゃんが?」
「強かったそうですよ。僕の祖父とライバルだったけど、家業を継ぐために引退されたって聞いてます」
「へェ〜〜、あのジイちゃんがなぁ……」
そんなことは初耳だ。
言われてみれば、服の上からでもわかるほど、いいガタイをしている。
あれはその名残だったりするのだろうか。
「そんなだったら、金物屋の為にやめねーでもいいのに……」
閑古鳥が鳴いている金物屋より、町内を人知れず守る鎮守様のほうがカッコいい。
正直な感想を述べると、望は複雑な笑みを浮かべた。
「家業は金物屋だけじゃありませんよ」
「やっぱ、ジイちゃんって他に何かやってんのか?」
「そこはおじいさんに直接聞いた方がいいです。僕の口からは、ちょっと」
「……一応聞くけど、なんかヤバいことに手を染めてたりってことは……」
「間違ってもそれはありませんよ」
望はにこやかに断言した。
「隠人の家系である以上、一真君と妹さんも隠人の可能性があります。一真君はまだそういう兆は出ていないみたいだけど、覚醒していない、潜在的な隠人だと思いますよ」
「てことは、オレ、超能力者かもしれないってことか!」
一真は左拳を握りしめてみた。
「嬉しそうですね」
「超能力って、ちょっと憧れるじゃん!瞬間移動とか、念動力とか」
望は視線を逸らした。
「……残念だけど、そっち系の能力は期待しないほうがいいと思うな……」
「え?そーなのか?」
「現衆レベルの修業だとそこまでの大技はちょっと……。宵闇とかなら、かなり近い術を使えるけど……」
「宵闇?」
望はハッとしたように口を噤んだ。
「僕もよく知らないけど、格の高い上級者集団ですよ。とにかく、覚醒すれば術も使えて便利なこともありますけど、その反面、邪にも狙われやすくなります。兆が出たら用心したほうがいいでしょうね」
「……さっき話してた感じだと、詩織はそれが出てるってことだよな……」
「直接会わないと断言できませんけど、おじいさんの見立てなら間違いないでしょう。だからって、兆が出てすぐに危険ってことはありませんし、兆が出ただけで覚醒しないで終わる人も結構いますから、そんなに心配しなくても大丈夫ですよ」
「そっか。でもさ、ジイちゃんも親父も母さんも、そーいうこと言ってなかったけど……。なんだって、ジイちゃんは城田さんにそーいうこと話したんだ?」
「一真君に覚醒の兆が出ていないからでしょうね。隠人として生まれても覚醒しないで一生を終える人も多いんです。普通に生きるんなら、深入りしないほうがいいです。隠人の領域の話は、隠人にしかわからないこともありますから」
「ちょっと待ってくれよ。オレに話しちまってよかったのかよ?」
「構いませんよ。勘だけど、たぶん、一真君はそう遠くないうちに覚醒を迎える気がしますから」
「へ?なんで?」
「霊格……、霊体のレベルみたいなものなんですが、それが凄く高いんですよ。そういう人は兆がなくても急に覚醒してしまうことも少なくありません。そうなった時、何も知らなかったら混乱しますから」
寂しげに笑い、望は左手の甲を撫でた。
「たぶん、ご両親は覚醒を予想していると思いますよ。大坂からわざわざ槻宮学園を受験させたのがその証拠です」
「槻宮学園が?なんで??」
「あの学園は隠人を保護しているんです。隠人の力って霊力が基になるんですけど、それって、霊体の力なんですよ。霊体っていうのは魂でもありますから、精神、もっといえば心に直結してるんです。十代で覚醒すると、かなり精神が不安定になって、人によっては精神を蝕まれてしまうんです。発作的に犯罪に走ったり、『隠人』っていう存在を受け入れられずに心を閉ざしてしまったりする人もいるから、そのケアをするために立てられた学校でもあるんです」
「保護っていったって、どーやって?」
「いろいろ手段がありますけど……、入試の時のアンケートなんて隠人を見つける手段の一つですね。一真君も書いたでしょう?」
「書いたけど……あれで、どーやって?」
学園の印象やら、入りたい部活やら、興味のあることやら、バイトをやってみたいか?やら……、わりと普通の内容だった。
受験番号を記入したので、選考に関係あるのかもしれないと、皆、真面目に記入していたが。
「あのアンケート用紙は、ある一定レベル以上の霊気に反応するように作られてるんです。隠人は覚醒していなくても霊格が普通の人よりも高いから、かなりの確率で発見できます。ちなみに、奨学金のクジ引きも同じですね。あっちはわかりやすく作ってありますけど」
「え?あのクジも?」
「あれは一定レベル以上の霊気に触れると校章が浮かび上がるんですよ。合格した隠人や潜在的な隠人が優先的に入学してくれるように、っていう理事長のアイデアです。入試の点数はオマケしてくれませんけど」
望は「落ちちゃった人は、別の形で観察を続けますけどね」と苦笑いを浮かべた。
(そっか……。それで、二人とも当たったのか……)
入試会場で周りの受験生達から次々にため息が漏れていた。
そんな中、自分達兄妹が揃ってアタリを引いたのは、そんな理由があったらしい。
「思ってたよりもスケールがでかいのな……」
「……たぶん、一真君が今思ってる十倍以上はいろんな力が働いてますよ。入学までに兆が表れたら、高校生活もかなり変わるんじゃないかな……。僕は小さい頃に兆が出て覚醒したから、最初から隠人としての入学でしたけど……」
「てことは、城田さんも槻宮学園の生徒だったりするのか?」
「ええ」
「じゃ、先輩ってことか!」
「そうなりますね」
「今、二年だよな!?学校のこととか教えてくれよ!戻ってきたばっかだし、槻宮のこともあんま知らなくてさ」
「ええ。いつでも聞いてください」
温和な笑みを浮かべ、望は一枚の紙切れを取り出した。
「用事があるから、そろそろ帰ります。何かあったら、ここに連絡をください。できれば、春休み中に妹さんと一緒に来てもらえると有難いんだけど」
「ジイちゃんが帰ってきてからになるけど……」
「それでも構いませんよ。僕も時々、様子を見に来ますから」
紙には名前の他に、葉守神社の住所と電話番号が書かれていた。