春宵の邂逅

6話



「うまい!マジ、うまいって、これ!」
「ホント?」
「よかった〜〜!大成功だね、光咲お姉ちゃん!」
詩織と光咲がハイタッチしている間も一真は忙しく左手のスプーンを動かした。
暇な店とはいえ、一人だけでの番となると思ったよりも疲れたようだ。
温かいご飯とスパイスの効いたカレーが食欲をそそる。
「なんだか、前にもこーいうことあったよね」
次の日の夕食時――、三人で食卓を囲んでいると、光咲が思い出したように言った。
光咲の家も今夜は親がいないらしく、一緒に夕飯を食べていくことになった。
「あー、あった、あった。うちの家と光咲の家がどっちも急に留守にするとかで、オレらだけで夕飯作ったんだよな」
「あの時もカレーだったよね」
詩織がスプーンを手に笑った。
「そうそう、一真君ってば玉ねぎ切ってくれたんだけど、目が痛くなっちゃって、拳骨で玉ねぎ潰しちゃったんだよね〜〜!汁が飛んで目に入って、顔真っ赤にしてたよね」
「う……。そーいう光咲だって、ニンジンの皮剥いてたら削れて皮と実の区別つかなくなってたよな」
「うぐ。まだ覚えてたんだ、一真君」
「詩織と若菜ちゃんでご飯炊いたら、お水加減間違えて、おかゆになっちゃったんだよね」
「お米研ぐ時に若菜が洗剤入れかけて、詩織ちゃんが止めてくれたんだよね〜」
「サツマイモ入ってるわ、ツナ入ってるわ、グリーンピース入ってるわ、タレのついたミートボール乗ってるわで、結構スゴイ物ができたよな……、食ったけど……」
「何かが違うって言いながら食べたんだよね〜。今考えたら、無理に作らなくてもよかったのにね〜〜」
「はりきったりしねーで、弁当買ってきて食えばよかったよな。ちゃんと夕飯代もらってたんだし」
「そうそう!四人とも『材料買って作らなくちゃ!!』って、スゴイはりきっちゃってたんだよね〜〜!」
売っている弁当を買えばよかったと全員がうっすらと後悔したのは、材料やらデザートやらを買い込んだ後のことだった。
「あれから、私、お料理だけは作れるようになろうって思ったっけ……」
「オレも。次の日から目玉焼きの練習始めたっけな。せめて、二日は自炊で生きられるようにしねーとって」
口に運んだカレーは、あの時とは比べ物にならないくらい美味しいし、家で焼いてきてくれたお土産のチーズケーキは、やや形が不均衡だがふっくらとしていて美味しそうだ。
この四年で光咲は驚くくらい料理の腕を上げた。
「そういえば、伸真おじいさんの出張って急だったよね」
「聞いた時、正直、冗談かもって思ったんだけどな……」
昨夜言っていた通り、伸真は朝早くに旅立って行った。
「よくわからねーんだよな。うちの店、そんなに客来ねェのに、ジイちゃんは忙しそうにしてるしさ、金に困ってる感じじゃねェし……」
「……そういえば、一真君、知ってる?」
チーズケーキを分けながら光咲はやや声を落とした。
「この町の鎮守様の話」
光咲の口からこの話が出たことが少し意外だった。
(そういえば、あいつ、どーなったんだろな……)
あの夜の光景が頭の中に蘇った。
あの後、夕食を食べた後にこっそり家を出て川原を見に行ったが、やはり誰もいなかった。
次の日、信条に行く前にも立ち寄ったが、川原は至って平穏で、夢でも見たのはないかと思い始めている反面、現実に違いないと確信している自分もいる。
なんともスッキリしない。
「あ〜〜、夜九時過ぎたら子供は外出るなってヤツだろ?蛇が出るとか……。よくある七不思議だろ?大坂にもいろいろあったぜ?」
「それがね、そうでもないらしいよ」
光咲はチーズケーキを口に運び、やや真面目な顔をした。
「私も最初はそう思ってたんだけど……。中学生になったら、九時過ぎることってあるでしょ?そしたらね、本当に『蛇』に追い回された人がいるの」
「追い回された?どんなふうに?」
蛇が人を襲う、といえばマムシが牙をむいている図くらいしか浮かばない。
「蛇っていうか、黒くて大きな……何か?そういうのに追いかけられて逃げてるうちに、蛇はいなくなるらしいんだけど。ごくまれに、『鎮守様』らしい人に助けてもらった人がいるって、中学では有名な話だったかな」
「黒いもの……?」
ズシリと何かが胸に圧し掛かった。
脳裏には黒い手が蘇っていた。
「でも、鎮守様に会った人は、『助けてもらった』っていうことは覚えてるんだけど、鎮守様がどんな姿だったかとかは覚えてないの。でね、私、お父さんに聞いてみたんだけど」
「親父さんに?」
「この話で相談を受けることも多いらしくて詳しいの。同僚の人と一緒に町に調べに来たことあるみたいだし」
「親父さん、何て?」
一口食べたチーズケーキはさっぱりとした甘味だった。
「『鎮守様は包丁で蛇をぶった切るから、たまに包丁が刃こぼれして使えなくなって、近くの家の包丁を借りられる。鎮守様が困らないように、常に包丁を万全な状態にしておこう』だって」
「……思いっきりはぐらかされたな……。つか、絶対、子ども扱いされてるって」
「やっぱり?私も、ちょっとウソだあって思ったんだけど、お父さん、真面目な顔してたからホントかなあって……」
「だいたい、包丁で蛇ぶった切るって、どんなワイルドな鎮守様だよ……」
だが、脳裏にはあの少年がはっきりと浮かんでいた。
彼が手にしていたのは、包丁などという生易しいモノではなく、刀のようなものだったが。
(……ありえるんじゃねェか……?)
笑いながら、頭はかなり真剣に光咲の話を受け止めていた。
四年間も町を出ていたのだ。
光咲はやや天然だから気づいていないだけで、それが町の中学生の常識になっているということもありうる。
だいたい、光咲の父親は警視庁の刑事だ。
確かに、肩書のわりにはお茶目な性格だが、案外、真面目に話していたのかも――。
(そうだぜ、蛇があの黒いヤツだったら、フツーに刃こぼれくらいするよな……。まさか、本当なのか……?)
一真のように、あの異常な光景を目にした者が他にいないと言い切れないのだから。
チーズケーキを口に運びながら、真剣に考える。
おかげで、ケーキの味が今一つわからなくなった。
「でもね、蛇が出たっていう日の後に、町長さんとか葉守の神主さんが大きな荷物を持って伸真おじいさんのところに行くの、何回も見ちゃったんだ……。おじいさん、いつも包丁研いでるし……。もしかして、本当に包丁で退治するのかなって、ちょっと思っちゃったんだよね……。あれ?詩織ちゃん?」
光咲は心配そうな顔をした。
「大丈夫?」
「詩織?」
「へ?」
フォークを手に、詩織は夢から覚めたような顔をした。
「ぼんやりしてたよ?具合悪いの?」
「ううん、なんでもない」
「本当か?こっち着いてから、ずーっと片付けだったし、疲れてるんじゃ……」
「大丈夫!ちょっと眠いだけ!」
いつもの笑顔を浮かべ、詩織は美味しそうにケーキを頬張った。