春宵の邂逅

4話



「して、邪物の回収は進んでおりますかな?」
薄暗い一室――、上座で揺らめく炎から男の声がした。
「滞りなく。先日も一件、無事に回収いたしました」
下座に座した神主の出で立ちをした男が静かに告げた。
烏帽子から覗く髪は随分と白い。
浅城町で唯一の神社――、葉守神社の宮司・城田宗則は、炎に、というよりも、炎の向こうにいる存在に敬愛の眼差しを向けた。
「これも、ひとえに里長様のお力添えのおかげ。我ら武蔵国現衆西組一同、今後とも一層務めに励んで参る所存にございます」
「それは頼もしい限り――」
炎は暫し、沈黙した。
「じゃが、肝心の主座殿はお顔色が優れぬ様子……」
後ろに控えていた少年が「え?」と顔を上げた。
「何ぞ、心配事でもおありか?」
「いえ、何も……」
自分に発言の機会があるとは思わなかったのだろう。
白い袴姿の少年は慌てて弁明した。
柔らかな茶髪が揺れる。
「遠慮はいりませぬぞ。そなた一人に重い任を負わせることとなり、日ごろから心苦しく思うております。何なりと申されよ」
「望、どうなんだ?」
宗則が小声で囁いた。
「先日の戦いで、刀が傷んでしまって……」
温かい笑い声が起こった。
「なんじゃ、そのようなことか。ならば、新しい刀を調達すればよろしい。そうじゃ、これを機に、『誠』の匠に一本、鍛えてもらうのもよろしかろう」
「匠に!?あんな名刀、僕なんかには……」
「西組の組長はお若いくせに、実に謙虚だのう。そなたほどの使い手ならば、匠も喜んで鍛えてくれましょうぞ?城田殿、早速、手配を」
「は」
「あと、主座殿に三日ほどの暇を出してはいかがかな?」
「え!?」
少年が驚いたように顔を上げた。
「前にお会いした時よりも、随分と霊気が弱まっておりますぞ。お役目を受けられて以来、昼も夜も邪を追い、刀を振るっておられるのじゃ。暫し休まれよ。組長が手負いのままでは配下の士気も下がってしまいましょうからな」
「お心遣い、感謝いたします」
言われた当人が困惑しているうちに、宗則が再び頭を垂れた。
「では、西域のことは万事頼みましたぞ、城田殿」
焚き木ほどの大きさの炎が小さくなり、消えた。
座布団の上に宝珠が何事もなかったように鎮座していた。


「怖いなあ、里長様は……」
宝珠を本殿に納めた宗則の耳に明るい声が届いた。
畳の上に足を投げ出した少年――、城田望は「降参」というようにペロッと舌を出した。
「お爺様と隊の皆は上手くごまかせたんだけどなぁ……」
捲った袖の下は包帯が巻かれ、上から霊符が貼られている。
宗則は険しい目で肩の包帯を睨み、続いて孫が庇うようにしている腹を睨んだ。
「里長様相手に隠し通せるわけがないだろう。三日前に五色橋で痛めた肩だけかと思っておったが……。一週間前の腹の刺し傷……、そっちも塞がりきっておらんな?」
「…………うん」
この期に及んで、ごまかしきれないと観念したのだろう。
望は素直に認めた。
「そんな体では、立て続けに不覚を取っても不思議はないな。いくら格が高いといっても、治癒力には限度があるのだぞ?」
「……ちょっと油断してただけだよ」
「相手は邪物だ。霊気が弱まれば、それだけ鎮めるのも難しくなる。先日も壬生君が案じておったぞ?学校のみならず、巡察中も上の空でぼんやりしておる、とな。治癒力が落ちるほど疲れておるなら、早く言わんか」
「別に疲れてなんか……」
「一週間前に負った腹の傷がまだ癒えんのが良い証拠だ。鎮守役を担ったばかりの頃のお前なら、はらわたが抉れるほどの裂傷でも次の日には跡も残らず癒えておった」
「そうだったっけ?」
悪びれずにとぼける孫にため息を吐き、宗則は口を開いた。
「里長様のご指示だ。さっそく今夜の巡察から休みなさい。明日から向こう三日、お前は非番だ。連絡が来るまで自宅待機して療養していなさい」
「え〜〜〜!?」
「『え〜〜〜!?』ではないわ、馬鹿者。三日の間に、その腹と肩が完治せんかったら、自宅待機は延長だからな。わしから壬生君達に連絡しておく。当面、お前の出撃は包囲網が完成した時のみ。よいな?」
「勝手に決めないでよ!主座は僕なのに……!」
「自己管理もできとらんのに主座を名乗るでない。一週間後には、信濃の霊山から視察隊が来るというのに、その体たらくで迎えるつもりか?」
望は露骨に顔をしかめた。
「霊山から!?何も聞いてないよ!?」
「仕方あるまい。昨日の夜、お前が巡察に出ていた時に決まったからな」
「……何しに来るの?」
「お前の仕事ぶりを直接見たいとのことだ。この町に鎮守役が一人というのはさすがに異常だからな。視察の結果によっては、宵闇の投入を検討してくださるそうだ」
「そりゃ、宵闇が応援に来てくれたら僕は助かるけど……。宵闇って、霊山でも少ないんでしょ?特に、こっちの方は……」
「それだけ我らの現状を重くみてくれているということだ。なお、今回、視察隊の長を務められる冶黒様は、八百歳を超える高位の天狗。信濃の重鎮のお一人にして、里長様の古いご友人でもある。失礼があってはならん。そのためにも万全の状態にしておけ」
「……はい……」
不服そうに頷き、望は「そういえば」と祖父を見上げた。
「三日前に五色橋にいた隠人の子、見つかった?」
「いいや」
宗則はかぶりを振った。
「学園にも問い合わせたが、あの日、九時を過ぎて外出していた隠人はいないそうだ。お前も知っての通り、町内に現衆以外の紋付の隠人はいないはず……。見間違いではないのか?」
「……それはないと思うんだけど……、あの時、お腹の怪我が開いて朦朧としてたし……。ちょっと自信ないからなぁ……」
「何をやっとるんだ、お前は……。そういう時は退かんか」
「だって、あの邪物、もう発動して怪異を引き起こしてたし、そんなのが下流に流れて行ったら何が起きるかわからなかったから……」
望は黒い手袋に覆われた左手の甲を撫でた。
首から下げた円柱の水晶が揺れる。
「……まだ紋が開いてないとか……?」
「紋のない隠人が結界を破る、か……。ありえんことではないが、本当に紋が開いておらんなら恐ろしく高い霊格の持ち主だな……。天狗の転生体かも……」
宗則は口を噤み、孫を窺った。
祖父の様子を気に留めることもなく、望は手の甲だけを覆う黒い布を見つめた。
「僕達が見つけるまでの間に邪に巣食われなければいいんだけど……」